チェビシェフフィルタ

要約

  • チェビシェフフィルタは通過域または阻止域に等リップル特性を持つアナログフィルタ
  • I型:通過域等リップル、阻止域単調減少、全極型で回路が簡単
  • II型:通過域はリップルなしで単調減少、阻止域等リップル、有限周波数零点があり部品数が増加
  • 同じ振幅仕様ではバターワースより低次数で実現できる場合が多い(遷移帯域が狭いほど削減が大きい)
  • 主な用途:通信システム、RF回路、計測機器のフィルタ

チェビシェフフィルタ(Chebyshev filter)は、通過域または阻止域に等リップル特性を持つアナログフィルタである。 ロシアの数学者パフヌティ・チェビシェフ(1821-1894)が研究したチェビシェフ多項式に基づいて設計される。 バターワースフィルタより急峻なカットオフ特性を実現できるが、通過域または阻止域にリップルが生じる。

I型とII型の違い

チェビシェフフィルタには2種類がある。

I型(Type I)

通過域は等リップル、阻止域は単調減少。

振幅2乗特性(低域プロトタイプ):

$$|H(\omega)|^2 = \frac{1}{1 + \varepsilon^2 T_n^2(\omega/\omega_c)}$$

設計パラメータ:通過域リップル $R_p$ [dB](理論編 I型 の記号では $r$)

$\varepsilon = \sqrt{10^{R_p/10} - 1}$、$\omega_c$ は通過域端。$\omega = \omega_c$ での減衰はちょうど $R_p$ dB で、バターワースの $-3$ dB 点とは違う。偶数次では $\omega = 0$ の利得も $-R_p$ dB になる。

極:楕円周上に配置

零点:なし(全極型)

II型(逆チェビシェフ)

通過域は単調減少、阻止域は等リップル

振幅2乗特性(低域プロトタイプ):

$$|H(\omega)|^2 = \frac{1}{1 + \dfrac{1}{\varepsilon^2 T_n^2(\omega_s/\omega)}}$$

設計パラメータ:阻止域減衰量 $A_s$ [dB]

$\varepsilon = 1/\sqrt{10^{A_s/10} - 1}$、$\omega_s$ は阻止域端($\omega = \omega_s$ での減衰はちょうど $A_s$ dB)。I型と同じ記号だが指す量が違う。

極:$A_s$ から定めたI型の極 $p_k$ の逆数 $1/p_k$($\omega_s = 1$ に正規化)。楕円周上ではない

零点:虚軸上に存在

チェビシェフI型とII型の振幅特性比較。I型は通過域で等リップル・阻止域で単調減少、II型は通過域で単調減少・阻止域で等リップル
図1: チェビシェフI型とII型の振幅特性比較

どちらを選ぶか

条件 推奨
通過域の平坦性が重要 II型またはバターワース
阻止域で単調に減衰してほしい I型
回路を簡単にしたい(零点なし) I型
RF用途で等リップルの反射特性(チェビシェフ型整合)を使いたい I型

II型が少ない理由: II型は有限周波数の零点を実現する必要があるため、必要次数はI型と同程度でも、実装方式によってはI型より回路が複雑になる。 また、受動LCラダーではI型の方が自然に合成でき、通過域のリップルも許容できるならより低次数で急峻な楕円フィルタに置き換えられることも多い。 そのため実用上は I型が圧倒的に多く使われ、「チェビシェフフィルタ」と言えば通常 I型を指す。

他のフィルタとの比較

フィルタ 通過域 阻止域 遷移帯域 位相特性(群遅延の平坦性の目安)
バターワース 単調減少(最大平坦) 単調減少 緩やか チェビシェフより良好
チェビシェフI型 等リップル 単調減少 急峻 やや劣る
チェビシェフII型 単調減少(最大平坦) 等リップル 急峻 やや劣る
楕円 等リップル 等リップル 最も急峻 劣る
ベッセル 単調減少 単調減少 最も緩やか 最良(線形位相に近い)

位相特性の列は、同程度の次数の低域プロトタイプで群遅延の平坦性を比べた概略であり、評価基準(群遅延の平坦さか位相の直線性か、どの周波数範囲で比べるか)によって順位は変わりうる。

振幅仕様を固定した場合の次数比較例

通過域リップル $R_p = 1$ dB、阻止域減衰量 $A_s = 40$ dB、遷移帯域比 $\omega_s/\omega_p = 1.5$ の振幅仕様を満たすのに必要な次数:

フィルタ 必要次数
ベッセル —(注)
バターワース 14
チェビシェフI型 7
チェビシェフII型 7
楕円 5

注:ベッセルは群遅延で正規化するため、この振幅仕様(1 dB / 40 dB / $\omega_s/\omega_p = 1.5$)からは次数を決められない。

この例ではチェビシェフI型はバターワースの半分の次数で同等の遷移特性を実現している。 次数削減の程度は仕様に大きく依存する。遷移帯域が狭い($\omega_s/\omega_p$ が 1 に近い)ほど削減は大きく、逆に $\omega_s/\omega_p$ が 3 を超えるような緩い仕様ではバターワースと同次数になることもある。削減できた分は部品点数やディジタル実装時の計算量の削減につながる。

チェビシェフI型の必要次数は、低域プロトタイプ($\omega_s > \omega_p$)の振幅仕様に対して $$n \geq \frac{\cosh^{-1}\left(\sqrt{\dfrac{10^{A_s/10} - 1}{10^{R_p/10} - 1}}\right)}{\cosh^{-1}(\omega_s/\omega_p)}$$ で求め、小数点以下を切り上げる(上の例では右辺が 6.21 なので 7 次)。高域・帯域通過フィルタでは周波数変換で等価な低域仕様に直してから適用する。導出と計算例は設計編を参照。

応用分野

  • 通信システム:チャネルフィルタ、IF フィルタ
  • RF/マイクロ波:インピーダンス整合回路(等リップルの反射特性)
  • 計測機器:アンチエイリアシングフィルタ

詳細解説

まとめ

チェビシェフフィルタは、通過域または阻止域のリップルを許容することで、同じ振幅仕様のバターワースフィルタより急峻な遷移特性を低次数で実現しやすいアナログフィルタである。

  • I型を選ぶ場合:通過域リップルを許容でき、急峻なカットオフと単純な回路(全極型)が必要なとき
  • II型を選ぶ場合:通過域にリップルを置きたくないが、阻止域でのリップルは許容できるとき
  • 他のフィルタを検討する場合:位相特性が重要ならベッセル、振幅仕様だけで最小次数を優先するなら楕円フィルタ

実用上は I型が圧倒的に多く使われ、「チェビシェフフィルタ」といえば通常 I型を指す。 設計時は通過域リップル、阻止域減衰量、遷移帯域比から必要次数を算出し、素子値表または設計ツールで係数を求める。

参考文献

  • A. B. Williams and F. J. Taylor, Electronic Filter Design Handbook, 4th ed., McGraw-Hill, 2006.
  • A. I. Zverev, Handbook of Filter Synthesis, Wiley, 1967.
  • R. Schaumann, M. S. Ghausi, and K. R. Laker, Design of Analog Filters, Prentice Hall, 1990.