Z変換の定義
Definition of Z-Transform
入門
概要
Z変換(Z-Transform)は、離散時間信号を複素変数 $z$ の関数に変換する手法である。連続時間信号に対するラプラス変換と同様の役割を果たし、差分方程式を代数方程式に変換できるため、ディジタルフィルタの設計、時系列解析、制御理論など幅広い分野の基礎となる。
実用上ほとんどの応用では、$n \geq 0$ の因果的な信号(インパルス応答など)を扱うため、本章では片側Z変換を定義し、具体例で使い方に慣れることを目標とする。収束領域や両側Z変換については初級で扱う。
片側Z変換の定義
定義:片側Z変換(unilateral Z-transform)
$n \geq 0$ で定義された離散時間信号 $x[n]$ の片側Z変換は
片側Z変換は因果信号($n < 0$ で $x[n] = 0$)を前提としており、ディジタルフィルタのインパルス応答や差分方程式の解法など、実用上最も多く使われる形式である。
ここで $z$ は複素数であるが、入門では「$z^{-1}$ は1サンプルの遅延を表す記号」と理解すれば十分である。$z$ の極形式表現やフーリエ変換との関係は初級 第1章で扱う。
基本的なZ変換
片側Z変換の定義に基づいて、基本的な信号のZ変換を導出する。
単位インパルス
単位インパルス $\delta[n] = \begin{cases} 1 & n = 0 \\ 0 & n \neq 0 \end{cases}$ のZ変換は $$\mathcal{Z}\{\delta[n]\} = \sum_{n=0}^{\infty} \delta[n] z^{-n} = z^0 = 1$$ すべての $z$ で収束する。
単位ステップ関数
単位ステップ $u[n] = \begin{cases} 1 & n \geq 0 \\ 0 & n < 0 \end{cases}$ のZ変換は $$\mathcal{Z}\{u[n]\} = \sum_{n=0}^{\infty} 1 \cdot z^{-n} = 1 + z^{-1} + z^{-2} + \cdots$$ これは初項 $1$、公比 $z^{-1}$ の等比級数であり、$|z^{-1}| < 1$ すなわち $|z| > 1$ のとき $$= \frac{1}{1-z^{-1}} = \frac{z}{z-1}$$ に収束する。
指数数列
指数数列 $x[n] = a^n u[n]$ ($a$ は定数)のZ変換は $$\mathcal{Z}\{a^n u[n]\} = \sum_{n=0}^{\infty} a^n z^{-n} = 1 + \frac{a}{z} + \left(\frac{a}{z}\right)^2 + \cdots$$ これは初項 $1$、公比 $a/z$ の等比級数であり、$|a/z| < 1$ すなわち $|z| > |a|$ のとき $$= \frac{1}{1-az^{-1}} = \frac{z}{z-a}$$ に収束する。単位ステップは $a = 1$ の特殊ケースである。
正弦波
$x[n] = \sin(\omega_0 n)\, u[n]$ のZ変換を求める。オイラーの公式より $$\sin(\omega_0 n) = \dfrac{e^{j\omega_0 n} - e^{-j\omega_0 n}}{2j}$$ であるから、Z変換の線形性と上記の指数数列の結果 $\mathcal{Z}\{a^n u[n]\} = \dfrac{z}{z-a}$ を $a = e^{j\omega_0}$ と $a = e^{-j\omega_0}$ に適用すると $$\mathcal{Z}\{\sin(\omega_0 n)\, u[n]\} = \dfrac{1}{2j}\left(\dfrac{z}{z - e^{j\omega_0}} - \dfrac{z}{z - e^{-j\omega_0}}\right)$$ 通分して整理する。分母は $$(z - e^{j\omega_0})(z - e^{-j\omega_0}) = z^2 - (e^{j\omega_0} + e^{-j\omega_0})z + 1 = z^2 - 2z\cos\omega_0 + 1$$ 分子は $$z(z - e^{-j\omega_0}) - z(z - e^{j\omega_0}) = z(e^{j\omega_0} - e^{-j\omega_0}) = 2jz\sin\omega_0$$ したがって $$\mathcal{Z}\{\sin(\omega_0 n)\, u[n]\} = \dfrac{1}{2j} \cdot \dfrac{2jz\sin\omega_0}{z^2 - 2z\cos\omega_0 + 1} = \dfrac{z\sin\omega_0}{z^2 - 2z\cos\omega_0 + 1}$$ ただし $|z| > 1$ で収束する($|e^{\pm j\omega_0}| = 1$ なので)。
Z変換表(基本)
| 信号 $x[n]$($n \geq 0$) | Z変換 $X(z)$ | 収束条件 |
|---|---|---|
| $\delta[n]$ | $1$ | 全 $z$ |
| $u[n]$ | $\dfrac{z}{z-1}$ | $|z| > 1$ |
| $a^n u[n]$ | $\dfrac{z}{z-a}$ | $|z| > |a|$ |
| $n\, u[n]$ | $\dfrac{z}{(z-1)^2}$ | $|z| > 1$ |
| $n\, a^n u[n]$ | $\dfrac{az}{(z-a)^2}$ | $|z| > |a|$ |
| $\cos(\omega_0 n)\, u[n]$ | $\dfrac{z(z - \cos\omega_0)}{z^2 - 2z\cos\omega_0 + 1}$ | $|z| > 1$ |
| $\sin(\omega_0 n)\, u[n]$ | $\dfrac{z \sin\omega_0}{z^2 - 2z\cos\omega_0 + 1}$ | $|z| > 1$ |
応用例:ディジタルフィルタ
Z変換の最も重要な応用は、差分方程式で表されるディジタルフィルタの代数的な解析である。
例:1次IIRフィルタ
入力 $x[n]$ と出力 $y[n]$ の関係が $$y[n] = 0.5\, y[n-1] + x[n]$$ で与えられるとする。ここで差分方程式をZ変換するために、時間シフト性質を用いる。初期条件をゼロ($y[-1] = 0$)と仮定すると、片側Z変換でも $$\mathcal{Z}\{x[n-1]\} = z^{-1} X(z)$$ が成り立つ。すなわち1サンプルの遅延は $z^{-1}$ の乗算に対応する(証明は第2章で示す)。これを上の差分方程式に適用すると $$Y(z) = 0.5\, z^{-1} Y(z) + X(z)$$ となる。$Y(z)$ について整理すると $$H(z) = \frac{Y(z)}{X(z)} = \frac{1}{1 - 0.5z^{-1}} = \frac{z}{z - 0.5}$$ が得られる。この $H(z)$(出力のZ変換と入力のZ変換の比)を伝達関数(transfer function)と呼ぶ。伝達関数はシステムの入出力関係を $z$ の有理式として表したもので、システムの性質を完全に特徴づける。
$H(z)$ の分母が 0 になる $z$ の値を極(pole)と呼ぶ。この例では極は $z = 0.5$ であり、単位円($|z| = 1$)の内側にある。離散時間システムでは、すべての極が単位円の内側にあるとき安定である(出力が発散しない)。
このように、Z変換を使えば差分方程式の性質(安定性、周波数応答など)を $z$ 平面上の極と零の配置から読み取ることができる。
参考文献
- Oppenheim, A. V., & Schafer, R. W. (2009). Discrete-Time Signal Processing (3rd ed.). Pearson.
- Proakis, J. G., & Manolakis, D. G. (2006). Digital Signal Processing (4th ed.). Pearson.
- Z変換 — Wikipedia(日本語)
- Z-transform — Wikipedia(英語)