第2章:Z変換の基本性質
Basic Properties of Z-Transform
入門
概要
Z変換には多くの便利な性質がある。中でも線形性と時間シフトは最も基本的であり、差分方程式をZ変換で代数的に解くために不可欠である。第1章で導入した指数数列のZ変換と組み合わせることで、様々な信号のZ変換を効率的に求められるようになる。
本章ではこの2つの性質について、定理の証明と応用例を示す。
1. 線形性
定理2.1(線形性)
任意の定数 $a, b$ と信号 $x_1[n], x_2[n]$ に対して、
$$\mathcal{Z}\{a x_1[n] + b x_2[n]\} = a X_1(z) + b X_2(z)$$ここで $X_1(z) = \mathcal{Z}\{x_1[n]\}$、$X_2(z) = \mathcal{Z}\{x_2[n]\}$ である。
ただし、各Z変換が定義される $z$ の範囲(収束領域)が重なっている必要がある。
証明
Z変換の定義より、
$$\begin{align} \mathcal{Z}_u\{a x_1[n] + b x_2[n]\} &= \sum_{n=0}^{\infty} (a x_1[n] + b x_2[n]) z^{-n} \\ &= a \sum_{n=0}^{\infty} x_1[n] z^{-n} + b \sum_{n=0}^{\infty} x_2[n] z^{-n} \\ &= a X_1(z) + b X_2(z) \end{align}$$この等式が成り立つのは、両方の級数が収束する $z$ の範囲に限られる。収束領域(ROC)の詳細は初級 第2章で扱う。
例2.1
$x[n] = 2 \cdot 3^n u[n] - 5 \cdot 2^n u[n]$ のZ変換を求める。
解答:
第1章で学んだように、$\mathcal{Z}\{a^n u[n]\} = \dfrac{z}{z-a}$($|z| > |a|$)なので、線形性より、
$$\begin{align} X(z) &= 2 \cdot \mathcal{Z}\{3^n u[n]\} - 5 \cdot \mathcal{Z}\{2^n u[n]\} \\ &= 2 \cdot \dfrac{z}{z-3} - 5 \cdot \dfrac{z}{z-2} \\ &= \dfrac{2z(z-2) - 5z(z-3)}{(z-3)(z-2)} \\ &= \dfrac{-3z^2 + 11z}{(z-3)(z-2)} \end{align}$$この式は $|z| > 3$ のとき有効である(両方の級数が収束する範囲)。
例2.2
$x[n] = 3 \cdot 2^n u[n] - 5 u[n]$ のZ変換を求める。
解答:
$\mathcal{Z}\{u[n]\} = \dfrac{z}{z-1}$($|z| > 1$)を用いて、
$$X(z) = 3 \cdot \dfrac{z}{z-2} - 5 \cdot \dfrac{z}{z-1} = \dfrac{-2z^2 + 7z}{(z-2)(z-1)}, \quad |z| > 2$$2. 時間シフト
定理2.2(時間シフト)
片側Z変換では、1サンプル遅延に対して
$$\mathcal{Z}_u\{x[n-1]\} = z^{-1} X(z) + x[-1]$$が成り立つ。より一般に、$k > 0$ のとき
$$\mathcal{Z}_u\{x[n-k]\} = z^{-k} X(z) + \sum_{j=1}^{k} x[-j]\, z^{-(k-j)}$$となり、シフトによって初期値 $x[-1], \ldots, x[-k]$ の項が現れる。特にこれらの初期値がすべて 0 のときに限り
$$\mathcal{Z}_u\{x[n-k]\} = z^{-k} X(z)$$となって、$k$ サンプルの遅延が $z^{-k}$ の乗算に対応する。
証明
$k > 0$ とし、$m = n - k$ と置換する。和の下端が $n = 0$ から $m = -k$ へ下がることが要点である。
$$\begin{align} \mathcal{Z}_u\{x[n-k]\} &= \sum_{n=0}^{\infty} x[n-k] z^{-n} \\ &= \sum_{m=-k}^{\infty} x[m] z^{-(m+k)} \\ &= z^{-k} \left( \sum_{m=-k}^{-1} x[m] z^{-m} + \sum_{m=0}^{\infty} x[m] z^{-m} \right) \\ &= \sum_{j=1}^{k} x[-j]\, z^{-(k-j)} + z^{-k} X(z) \end{align}$$最後の行では第1項で $m = -j$ と置き直した。初期値 $x[-1], \ldots, x[-k]$ がすべて 0 ならこの項は消え、$z^{-k} X(z)$ だけが残る。
注意
$k > 0$:$k$ サンプル遅延(初期値がすべて 0 なら $z^{-k}$ 倍)。ディジタルフィルタ設計で最も多いケース。
$k < 0$:$|k|$ サンプル前進。数列を前進させること自体は数学的に問題ないが、実時間システムとして時刻 $n$ で $x[n+|k|]$ を出力しようとすると未来の入力が必要になるため、一般には因果的に実現できない。
図1: 時間シフト — 信号 x[n] を k=2 サンプル遅延すると x[n−2] になる
例2.3(遅延システム)
$x[n] = \delta[n] + 2\delta[n-1] + 3\delta[n-2]$ のZ変換を求める。
解答:
$\mathcal{Z}\{\delta[n]\} = 1$ なので、時間シフト性と線形性より、
$$\begin{align} X(z) &= \mathcal{Z}\{\delta[n]\} + 2\mathcal{Z}\{\delta[n-1]\} + 3\mathcal{Z}\{\delta[n-2]\} \\ &= 1 + 2z^{-1} + 3z^{-2} \\ &= \dfrac{z^2 + 2z + 3}{z^2} \end{align}$$この式は $z \neq 0$ で有効である(有限長信号なので $z = 0$ 以外のすべての点で収束する)。
練習問題
問題1(線形性)
次の信号のZ変換を求めよ。
(a) $x[n] = 3^n u[n] + 2^n u[n]$
(b) $x[n] = 4 \cdot (0.5)^n u[n] - 3 \cdot (0.8)^n u[n]$
解答
(a) 線形性より、
$$X(z) = \dfrac{z}{z-3} + \dfrac{z}{z-2} = \dfrac{z(z-2) + z(z-3)}{(z-3)(z-2)} = \dfrac{2z^2 - 5z}{(z-3)(z-2)}, \quad |z| > 3$$(b) 線形性より、
$$X(z) = 4 \cdot \dfrac{z}{z-0.5} - 3 \cdot \dfrac{z}{z-0.8} = \dfrac{4z(z-0.8) - 3z(z-0.5)}{(z-0.5)(z-0.8)} = \dfrac{z^2 - 1.7z}{(z-0.5)(z-0.8)}, \quad |z| > 0.8$$問題2(時間シフト)
(a) $\mathcal{Z}\{u[n-1]\}$ を求めよ。
(b) $\mathcal{Z}\{u[n-3]\}$ を求めよ。
解答
(a) $u[n-1]$ は $n < 1$ で 0 だから、定義から直接
$$\mathcal{Z}_u\{u[n-1]\} = \sum_{n=1}^{\infty} z^{-n} = \dfrac{1}{z-1}, \quad |z| > 1$$と求まる。$u[-1] = 0$ なので、定理2.2 のゼロ初期値の場合 $z^{-1} \cdot \dfrac{z}{z-1}$ を使っても同じ結果になる。
(b) 同様に $u[-1] = u[-2] = u[-3] = 0$ だから、初期値の項は現れず
$$\mathcal{Z}_u\{u[n-3]\} = z^{-3} \cdot \dfrac{z}{z-1} = \dfrac{z^{-2}}{z-1} = \dfrac{1}{z^2(z-1)}, \quad |z| > 1$$問題3(線形性+時間シフト)
差分方程式 $y[n] - 0.5y[n-1] = x[n]$(初期条件:$y[-1] = 0$)の両辺をZ変換し、伝達関数 $H(z) = Y(z)/X(z)$ を求めよ。
解答
時間シフト性より $\mathcal{Z}\{y[n-1]\} = z^{-1}Y(z)$ なので、
$$Y(z) - 0.5z^{-1}Y(z) = X(z)$$これを整理すると、
$$Y(z) = \dfrac{X(z)}{1 - 0.5z^{-1}} = \dfrac{zX(z)}{z - 0.5}$$したがって、
$$H(z) = \dfrac{Y(z)}{X(z)} = \dfrac{z}{z - 0.5}$$まとめ
- 線形性:複数の信号の線形結合のZ変換は、個別のZ変換の同じ線形結合になる
- 時間シフト:$k$ サンプルの遅延は $z^{-k}$ の乗算に対応する
- この2つの性質により、差分方程式を代数方程式に変換して解くことができる
- 第1章のZ変換表と組み合わせることで、様々な信号のZ変換を効率的に求められる
Z変換のその他の性質(z領域微分、スケーリング、時間反転、共役、畳み込み)については初級 第1章で扱う。
よくある質問
Z変換の線形性とはどのような性質か
定数 $a, b$ とシーケンス $x_1[n], x_2[n]$ に対して $\mathcal{Z}_u\{ax_1[n]+bx_2[n]\}=aX_1(z)+bX_2(z)$ が成り立つ性質である。複数の信号のZ変換を個別に求めて足し合わせられるため、差分方程式の解析を大幅に簡略化できる。
Z変換の時間シフト性質はどのようなものか
片側Z変換では一般に $\mathcal{Z}_u\{x[n-k]\}=z^{-k}X(z)+\sum_{j=1}^{k}x[-j]z^{-(k-j)}$ となり、初期値の項が現れる。初期値がすべて 0 のときに限って $z^{-k}X(z)$ となり、$z^{-1}$ を「1サンプル遅延」として扱える。これにより差分方程式の各遅延項を $z^{-1}$ の乗算として代数的に扱える。
片側Z変換の時間シフトで初期値の項が現れるのはなぜか
片側Z変換は $n \geq 0$ の範囲だけを足し合わせるため、$x[n-k]$ を変換すると和の下端が $m = -k$ まで下がり、$x[-1], \ldots, x[-k]$ が残る。実際 $\mathcal{Z}_u\{x[n-1]\} = z^{-1}X(z) + x[-1]$ となる。初期値がすべて 0 のときに限って $z^{-k}X(z)$ という単純な形になる。この初期値の項こそ、片側Z変換が初期条件つきの差分方程式を解くのに便利な理由である。