行列式の導出:連立方程式とクラメルの公式
このページの目標
連立一次方程式 $A\boldsymbol{x} = \boldsymbol{b}$ の解を求める過程で、行列式が自然に現れることを示す。これは歴史的にも最も古いアプローチであり、「何の役に立つか」が最初から明確になる。
1. 2元連立方程式から始める
1.1 問題設定
2つの未知数 $x, y$ に対する連立方程式:
\begin{cases} a_{11} x + a_{12} y = b_1 \\ a_{21} x + a_{22} y = b_2 \end{cases}1.2 $x$ を求める:$y$ を消去
第1式を $a_{22}$ 倍、第2式を $a_{12}$ 倍して引く:
\begin{align} a_{22}(a_{11} x + a_{12} y) &= a_{22} b_1 \\ a_{12}(a_{21} x + a_{22} y) &= a_{12} b_2 \end{align}辺々を引くと、$y$ が消えて:
$$(a_{11} a_{22} - a_{12} a_{21}) x = a_{22} b_1 - a_{12} b_2$$1.3 行列式の登場
$a_{11} a_{22} - a_{12} a_{21} \neq 0$ ならば:
$$x = \frac{a_{22} b_1 - a_{12} b_2}{a_{11} a_{22} - a_{12} a_{21}}$$ここで分母に現れた式:
これが行列式である。連立方程式を解く過程で、自然に現れた!
1.4 $y$ を求める:$x$ を消去
同様に、第1式を $a_{21}$ 倍、第2式を $a_{11}$ 倍して引くと、$x$ が消えて:
$$(a_{11} a_{22} - a_{12} a_{21}) y = a_{11} b_2 - a_{21} b_1$$$y$ の係数は $x$ のときと同じ $a_{11} a_{22} - a_{12} a_{21} = \det(A)$ である。$\det(A) \neq 0$ で両辺を割ると:
$$y = \frac{a_{11} b_2 - a_{21} b_1}{a_{11} a_{22} - a_{12} a_{21}}$$1.5 分子も行列式
$x$ の分子 $a_{22} b_1 - a_{12} b_2$ は行列式として書ける:
$$a_{22} b_1 - a_{12} b_2 = \det\begin{pmatrix} b_1 & a_{12} \\ b_2 & a_{22} \end{pmatrix}$$これは $A$ の第1列を $\boldsymbol{b}$ で置き換えた行列の行列式である。
同様に、$y$ の分子 $a_{11} b_2 - a_{21} b_1$ も行列式として書ける:
$$a_{11} b_2 - a_{21} b_1 = \det\begin{pmatrix} a_{11} & b_1 \\ a_{21} & b_2 \end{pmatrix}$$これは $A$ の第2列を $\boldsymbol{b}$ で置き換えた行列の行列式である。
まとめると:
$$x = \frac{\det\begin{pmatrix} b_1 & a_{12} \\ b_2 & a_{22} \end{pmatrix}}{\det(A)}, \quad y = \frac{\det\begin{pmatrix} a_{11} & b_1 \\ a_{21} & b_2 \end{pmatrix}}{\det(A)}$$どちらの場合も、求めたい変数に対応する列を $\boldsymbol{b}$ で置き換えるという統一的なパターンが見える。これがクラメルの公式の本質である。
2. クラメルの公式
2.1 2次の場合
$A = \begin{pmatrix} a_{11} & a_{12} \\ a_{21} & a_{22} \end{pmatrix}$、$\boldsymbol{b} = \begin{pmatrix} b_1 \\ b_2 \end{pmatrix}$ に対して:
クラメルの公式($n = 2$)
$$x = \frac{\det\begin{pmatrix} b_1 & a_{12} \\ b_2 & a_{22} \end{pmatrix}}{\det(A)}, \quad y = \frac{\det\begin{pmatrix} a_{11} & b_1 \\ a_{21} & b_2 \end{pmatrix}}{\det(A)}$$2.2 $n$ 次の一般化
$n$ 元連立方程式 $A\boldsymbol{x} = \boldsymbol{b}$ に対して、$A_j$ を「$A$ の第 $j$ 列を $\boldsymbol{b}$ で置き換えた行列」とすると:
クラメルの公式(一般)
$$x_j = \frac{\det(A_j)}{\det(A)} \quad (j = 1, 2, \ldots, n)$$ただし $\det(A) \neq 0$ を仮定。
2次の場合は、第1節で消去法により直接証明した。一般の $n$ 次の場合の厳密な証明には余因子展開や随伴行列の理論が必要であるため、ここでは省略する。代わりに、3次の場合で公式が正しく機能することを具体例で確認しよう。
補足:3×3 行列式の計算(サラスの方法)
3×3 行列式は、右下がり対角線の積の和から右上がり対角線の積の和を引いて求める:
$$\det\begin{pmatrix} a & b & c \\ d & e & f \\ g & h & i \end{pmatrix} = aei + bfg + cdh - ceg - afh - bdi$$この方法は 3×3 でのみ有効。4×4 以上では余因子展開(第4章)を使う。
2.3 具体例で確認:3元連立方程式
次の連立方程式を考える:
\begin{cases} x + y + z = 6 \\ 2x + 3y + z = 11 \\ x + 2y + 3z = 14 \end{cases}係数行列と右辺ベクトル:
$$A = \begin{pmatrix} 1 & 1 & 1 \\ 2 & 3 & 1 \\ 1 & 2 & 3 \end{pmatrix}, \quad \boldsymbol{b} = \begin{pmatrix} 6 \\ 11 \\ 14 \end{pmatrix}$$まず $\det(A)$ を第1行に沿って展開する:
$$\det(A) = 1 \cdot (9-2) - 1 \cdot (6-1) + 1 \cdot (4-3) = 7 - 5 + 1 = 3$$$x$ — $A$ の第1列を $\boldsymbol{b}$ で置き換える:
$$\det(A_1) = \det\begin{pmatrix} \color{red}{6} & 1 & 1 \\ \color{red}{11} & 3 & 1 \\ \color{red}{14} & 2 & 3 \end{pmatrix} = 6(9-2) - 1(33-14) + 1(22-42) = 3, \quad x = \frac{3}{3} = 1$$$y$ — $A$ の第2列を $\boldsymbol{b}$ で置き換える:
$$\det(A_2) = \det\begin{pmatrix} 1 & \color{red}{6} & 1 \\ 2 & \color{red}{11} & 1 \\ 1 & \color{red}{14} & 3 \end{pmatrix} = 1(33-14) - 6(6-1) + 1(28-11) = 6, \quad y = \frac{6}{3} = 2$$$z$ — $A$ の第3列を $\boldsymbol{b}$ で置き換える:
$$\det(A_3) = \det\begin{pmatrix} 1 & 1 & \color{red}{6} \\ 2 & 3 & \color{red}{11} \\ 1 & 2 & \color{red}{14} \end{pmatrix} = 1(42-22) - 1(28-11) + 6(4-3) = 9, \quad z = \frac{9}{3} = 3$$検算: $(x, y, z) = (1, 2, 3)$ を元の式に代入すると $1+2+3=6$、$2+6+3=11$、$1+4+9=14$ となり、すべて成り立つ。
3. $\det(A) = 0$ の場合
3.1 解の一意性との関係
$\det(A) \neq 0$ のとき、連立方程式 $A\boldsymbol{x} = \boldsymbol{b}$ は一意な解を持つ。
$\det(A) = 0$ のとき:
- 解が存在しない(不整合系)、または
- 無限に多くの解が存在する(不定系)
3.2 幾何学的解釈
2次元の場合、$\det(A) = 0$ は2つの直線が:
- 平行(交点なし)、または
- 一致(無限に多くの交点)
3次元の場合、$\det(A) = 0$ は3つの平面が1点で交わらないことを意味する。
4. 歴史的背景
4.1 行列式の起源
行列式は、連立方程式を解く過程で発見された:
- 関孝和(1683年頃):日本で連立方程式の消去法を研究中に発見
- ライプニッツ(1693年):ヨーロッパで独立に発見
- クラメル(1750年):一般的な公式として定式化
4.2 名前の由来
「行列式(determinant)」という名前は、連立方程式の解の存在・一意性を決定(determine)することに由来する。
5. このアプローチの利点と欠点
5.1 利点
- 動機が明確:「連立方程式を解きたい」という自然な問題から出発
- 役に立つことが最初から分かる:解の公式に直結
- 歴史的に正当:行列式が実際に発見された経緯
5.2 欠点
- 公式が「天から降ってくる」印象:なぜこの形なのかが見えにくい
- 幾何学的意味が後回し:体積との関係は別途説明が必要
- 計算効率が悪い:実際の連立方程式解法には向かない(ガウス消去法が効率的)
6. 逆行列との関係
6.1 逆行列の公式
クラメルの公式を行列の言葉で書くと、逆行列の公式が得られる:
$$A^{-1} = \frac{1}{\det(A)} \mathrm{adj}(A)$$ここで $\mathrm{adj}(A)$ は随伴行列(余因子を転置して並べた行列)。
6.2 $\det(A) \neq 0 \Leftrightarrow A$ は正則
行列 $A$ が逆行列を持つ(正則である)のは、$\det(A) \neq 0$ のときに限る。
これも行列式の名前(determinant = 決定するもの)の由来の一つ。
7. まとめ
本ページのポイント
- 行列式は連立方程式から生まれた:解を求める過程で自然に登場
- クラメルの公式:$x_j = \det(A_j) / \det(A)$
- $\det(A) \neq 0$ ⇔ 解が一意に存在 ⇔ $A$ は正則
- 歴史的に最古のアプローチ:関孝和、ライプニッツ、クラメル
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