第3章 極限の直感

「限りなく近づく」という考え方

3.1 極限とは

前章で、接線の傾きを求めるために「$h \to 0$」という表現を使いた。これは極限という概念である。

極限の直感的な意味

$\displaystyle\lim_{x \to a} f(x) = L$ とは:

「$x$ が $a$ に限りなく近づくとき、$f(x)$ は $L$ に限りなく近づく

重要なポイント:$x$ は $a$ に近づくのであって、$a$ に到達するわけではない。

極限のイメージ x y a L 左から近づく 右から近づく f(x) → L

3.2 数列の極限

極限を理解するために、まず数列の極限を考えよう。

例:1/n の極限

数列 $a_n = \dfrac{1}{n}$ を考える。

n 1 2 10 100 1000 ...
$a_n = 1/n$ 1 0.5 0.1 0.01 0.001 ...

$n$ が大きくなるにつれて、$a_n$ は0に限りなく近づく

$$\lim_{n \to \infty} \frac{1}{n} = 0$$ aₙ = 1/n の極限 n aₙ 1 0 1 2 4 10 50 100 0 に近づくが 0 にはならない
注意

$\dfrac{1}{n}$ は 0 に近づくが、決して 0 に到達しない

どんなに大きな $n$ をとっても、$\dfrac{1}{n} > 0$ である。

3.3 関数の極限

数列の極限を理解したところで、関数の極限を考える。

例1:簡単な極限

$$\lim_{x \to 2} (x + 3)$$

$x$ が 2 に近づくとき、$x + 3$ はどうなるだろうか。

x 1.9 1.99 1.999 2.001 2.01 2.1
x + 3 4.9 4.99 4.999 → 5 5.001 5.01 5.1

明らかに、$x + 3$ は 5 に近づく。

$$\lim_{x \to 2} (x + 3) = 5$$

例2:少し複雑な極限

$$\lim_{x \to 2} \frac{x^2 - 4}{x - 2}$$

ここで問題がある。$x = 2$ を代入すると:

$$\frac{2^2 - 4}{2 - 2} = \frac{0}{0}$$

$\dfrac{0}{0}$ は不定形と呼ばれ、このままでは値が決まりない。

しかし、極限は「$x = 2$ での値」ではなく、「$x$ が 2 に近づくときの値」である。

解法

Step 1:分子を因数分解する

$$x^2 - 4 = (x+2)(x-2)$$

Step 2:約分する($x \neq 2$ のとき)

$$\frac{x^2 - 4}{x - 2} = \frac{(x+2)(x-2)}{x-2} = x + 2 \quad (x \neq 2)$$

Step 3:極限をとる

$$\lim_{x \to 2} (x + 2) = 2 + 2 = 4$$
y = (x²-4)/(x-2) = x+2 のグラフ 0 2 4 2 4 6 穴(定義されない) x → 2 のとき y → 4

グラフを見ると、$x = 2$ では関数は定義されていないが、$x$ が 2 に近づくと、関数値は 4 に近づく。

3.4 極限の計算法則

極限には便利な計算法則がある。

極限の法則

$\displaystyle\lim_{x \to a} f(x) = L$、$\displaystyle\lim_{x \to a} g(x) = M$ のとき:

1. 和の法則

$$\lim_{x \to a} [f(x) + g(x)] = L + M$$

2. 差の法則

$$\lim_{x \to a} [f(x) - g(x)] = L - M$$

3. 積の法則

$$\lim_{x \to a} [f(x) \cdot g(x)] = L \cdot M$$

4. 商の法則($M \neq 0$ のとき)

$$\lim_{x \to a} \frac{f(x)}{g(x)} = \frac{L}{M}$$

5. 定数倍の法則

$$\lim_{x \to a} [c \cdot f(x)] = c \cdot L$$
極限の法則(視覚的イメージ) f(x) → L g(x) → M f + g → L + M f · g → L · M f / g → L / M 極限は 「普通に計算」できる

3.5 $h \to 0$ の極限

微分で使う極限は、特に $h \to 0$ の形をしている。

例:微分で現れる極限

$f(x) = x^2$ の導関数を求めるとき、次の極限を計算しました:

$$\lim_{h \to 0} \frac{(x+h)^2 - x^2}{h}$$
計算(省略なし)

Step 1:$(x+h)^2$ を展開する

$$(x+h)^2 = x^2 + 2xh + h^2$$

Step 2:分子を計算する

$$(x+h)^2 - x^2 = x^2 + 2xh + h^2 - x^2 = 2xh + h^2$$

Step 3:$h$ で割る

$$\frac{(x+h)^2 - x^2}{h} = \frac{2xh + h^2}{h}$$

Step 4:分子を $h$ で因数分解する

$$\frac{h(2x + h)}{h} = 2x + h \quad (h \neq 0)$$

Step 5:$h \to 0$ の極限をとる

$$\lim_{h \to 0} (2x + h) = 2x + 0 = 2x$$

したがって、$(x^2)' = 2x$ である。

h → 0 で何が起きるか h = 1 のとき: 2x + 1 h = 0.1 のとき: 2x + 0.1 h = 0.01 のとき: 2x + 0.01 h = 0.001 のとき: 2x + 0.001 極限 2x h 2x+h h=0 で 2x

3.6 極限が存在しない場合

すべての極限が存在するわけではない。

例1:発散(無限大に向かう)

$$\lim_{x \to 0} \frac{1}{x^2}$$

$x$ が 0 に近づくと、$\dfrac{1}{x^2}$ は限りなく大きくなる。

y = 1/x² は x→0 で発散 0 ∞ に発散

この場合、$\displaystyle\lim_{x \to 0} \frac{1}{x^2} = +\infty$ と書く。

例2:振動(値が定まらない)

$$\lim_{x \to 0} \sin\left(\frac{1}{x}\right)$$

$x$ が 0 に近づくと、$\dfrac{1}{x}$ は限りなく大きくなり、$\sin$ の値は $-1$ と $1$ の間で激しく振動する。

極限が存在しない条件
  • 発散する($\pm\infty$ に向かう)
  • 振動する(一定の値に定まらない)
  • 左極限と右極限が異なる

3.7 片側極限

これまで見てきた極限では、$x$ は $a$ に両側から近づいていた。しかし、片側からだけ近づく極限を考えることもできる。

片側極限の記法

右極限(右から近づく):

$$\lim_{x \to a^+} f(x) \quad \text{または} \quad \lim_{x \to a+0} f(x)$$

$x$ が $a$ より大きい側から $a$ に近づくときの極限。

左極限(左から近づく):

$$\lim_{x \to a^-} f(x) \quad \text{または} \quad \lim_{x \to a-0} f(x)$$

$x$ が $a$ より小さい側から $a$ に近づくときの極限。

片側極限のイメージ x y a L⁻ L⁺ x → a⁻ (左から近づく) x → a⁺ (右から近づく) a
極限の存在条件

$\displaystyle\lim_{x \to a} f(x)$ が存在するための必要十分条件は:

$$\lim_{x \to a^-} f(x) = \lim_{x \to a^+} f(x)$$

すなわち、左極限と右極限が一致することである。

例:左極限と右極限が異なる場合

符号関数 $\text{sgn}(x) = \begin{cases} 1 & (x > 0) \\ 0 & (x = 0) \\ -1 & (x < 0) \end{cases}$ を考える。

符号関数 sgn(x) x y 0 1 −1 sgn(0) = 0 lim(x→0⁻) = −1 lim(x→0⁺) = 1

この場合:

$$\lim_{x \to 0^-} \text{sgn}(x) = -1, \quad \lim_{x \to 0^+} \text{sgn}(x) = 1$$

左極限と右極限が異なるため、$\displaystyle\lim_{x \to 0} \text{sgn}(x)$ は存在しない

片側極限が使われる場面
  • 微分可能性の判定(第4章で学ぶ $|x|$ の例)
  • 不連続点の分類
  • $\ln x$、$\sqrt{x}$ など定義域が制限された関数

この章のまとめ

  • 極限:$x$ が $a$ に近づくときの関数値の行き先
  • $x = a$ での値とは別物(到達ではなく接近)
  • 極限の法則:和・差・積・商の極限は普通に計算できる
  • $\dfrac{0}{0}$ の不定形は因数分解などで解消する
  • 微分では $h \to 0$ の極限を使う
  • 極限が存在しない場合もある(発散・振動)
  • 片側極限:$\displaystyle\lim_{x \to a^+}$(右極限)、$\displaystyle\lim_{x \to a^-}$(左極限)
  • 極限が存在する ⇔ 左極限と右極限が一致する