第1章: X線CTと投影
X線CTの計算原理であるラドン変換の出発点として、投影(減衰係数の線積分)について学ぶ。
1.1 歴史的背景
ラドン変換は、オーストリアの数学者 Johann Radon(1887–1956)が1917年に発表した論文で初めて定式化された。
歴史的事実
- 1917年:Radonが論文 "Über die Bestimmung von Funktionen durch ihre Integralwerte längs gewisser Mannigfaltigkeiten"(特定の多様体に沿った積分値による関数の決定について)を発表
- 1963年:Allan Cormackが医療応用を独自に再発見
- 1971年:Godfrey Hounsfield が最初のCTスキャナを開発
- 1979年:CormackとHounsfieldがノーベル生理学・医学賞を受賞
純粋数学として始まったラドン変換は、約50年後に医療画像診断という形で実用化され、現代医学に革命をもたらした。
1.2 直感的な理解
ラドン変換の本質は「影から形を知る」ことである。
日常的な例:病院でX線CT検査を受けるとき、X線が体を通過し、骨や臓器によって異なる量が吸収される。ここで $I_0$ はX線源の強度(物体が無ければそのまま検出器に届く強度)、$I(s)$ は物体を通り抜けて検出器に到達するX線強度である。そのX線が通り道で受ける吸収の合計が大きいほど $I(s)$ は小さくなる(図1のように物体が均質なら、これは通過距離が長いところほど暗くなる、という形で現れる)。
測った強度から線積分へ:吸収はどう積み重なるか
検出器で測れるのは強度 $I(s)$ だけである。まずは、これをX線が通った道に沿った物体内部の吸収に結びつけたい(各場所の吸収のしやすさそのものを取り出す=画像の再構成は第3章で扱う)。鍵は、X線が物体を通るとき吸収が掛け算で積み重なること、そして対数をとるとその掛け算が足し算に変わることである。以下、まず具体的な数の例で確かめ、次に薄い層で一般化する。
まず直感(離散版):物体を薄い層の積み重ねと考える。各層を通るたびに強度は「透過率(通り抜ける割合)」だけ残るので、全体の透過率は各層の透過率の掛け算になる。たとえば3つの層の透過率が $0.7,\ 0.5,\ 0.6$ なら
$$\frac{I}{I_0} = 0.7 \times 0.5 \times 0.6 = 0.21$$
$\times 0.7$
$\times 0.5$
$\times 0.6$
$I_0$
$I=0.21\,I_0$
両辺の対数をとると、対数の性質 $\ln(ab)=\ln a+\ln b$ により掛け算が足し算に化ける:
$$\ln\frac{I}{I_0} = \ln 0.7 + \ln 0.5 + \ln 0.6 = \ln 0.21$$透過率は $1$ 以下($0\le\text{透過率}\le 1$)なので各 $\ln$ は0 以下になり、$\ln(I/I_0)$ も $0$ 以下になる。負のままでは以後の扱いが煩雑なので、符号を反転した $-\ln$ を使うと、各層の寄与が $0$ 以上の量になって見やすい:
$$-\ln\frac{I}{I_0} = (-\ln 0.7) + (-\ln 0.5) + (-\ln 0.6) \;\ge\; 0$$透過率(物体を通り抜けた割合)と吸収率(物体に吸収された割合)は、足して $1$ になる補い合う関係にある。
$$\text{透過率} \;=\; 1 - \text{吸収率} \qquad(\text{例:透過率 }0.7 \;\Leftrightarrow\; \text{吸収率 }0.3)$$ $$-\ln(\text{透過率}) \;=\; -\ln(1 - \text{吸収率})$$この $-\ln(\text{透過率})$ を吸収の度合い(光学的厚み)と呼ぶ。透過率の掛け算が対数で足し算になったので(上の式)、$-\ln(\text{透過率})$ は単純に足し合わせられる量である。
ここで吸収率を $x$ とすると、次式のように $x=0$ を中心にした Taylor 展開が成り立つ。
$$-\ln(1-x) = x + \frac{x^2}{2} + \frac{x^3}{3} + \frac{x^4}{4} + \cdots$$$x$ が微小($x\ll1$)なら、$x^2/2$ 以降の高次項は無視できるほど小さくなるので、次のように $1$ 次の項だけで近似できる。
$$-\ln(1-x) \approx x \qquad (x \ll 1) \tag{1}$$各場所の吸収のしやすさを単位長さあたりの量として表したものを減衰係数と呼び、ここでは $f$ と書くことにする(医用画像では減衰係数を $\mu$ と書くことが多い)。微小な厚み $dl$ の薄い層では、吸収率 $x$ は減衰係数 $f$ と厚み $dl$ の積にほぼ等しい。
$$x \;\approx\; f\,dl \qquad(\text{吸収率} \;\approx\; \text{減衰係数}\,\times\,\text{厚み})$$紛らわしい3つの量
- 減衰係数 $f$:その場所の単位長さあたりの吸収のしやすさ(物性)。単位は「1/長さ」。
- 吸収率 $x$:その層で実際に吸収された割合。$x\approx f\,dl$(無次元)。
- 吸収の度合い(光学的厚み):$-\ln(\text{透過率})$。足し算で積み重なる量で、薄い層では $\approx x$(=吸収率)。
「単位長さあたり」なのは $f$ だけで、あとの2つは「その層ぶん」の割合である(だから $x\ne f$、$x\approx f\,dl$)。
これを連続的な物体に当てはめよう。経路 $L$ を厚み $dl$ の薄い層に細かく分ける。一般の物体は均質ではないので、各層はそれぞれ固有の減衰係数 $f_i$($i$ は層の番号)をもつ。$i$ 番目の層を通るとX線は吸収率 $x_i\approx f_i\,dl$ だけ失われ、強度は $1-f_i\,dl$ 倍に下がる。
そのため経路全体では、各層の透過率 $1-f_i\,dl$ を次々に掛けたものになる:
$$I = I_0\,\underbrace{(1-f_1\,dl)(1-f_2\,dl)\cdots}_{\text{経路 }L\text{ 上の各層}}$$式 (1) の符号を反転して
$$\ln(1-x) \approx -x$$両辺を $\exp$(指数関数を作用)する。左辺は $e^{\ln(1-x)} = 1-x$ なので
$$1-x \approx e^{-x}$$最後に $x = f_i\,dl$ とおけば、各因子が指数の形になる:
$$1 - f_i\,dl \;\approx\; e^{-f_i\,dl}$$これを代入すると、指数関数の積は肩(指数)どうしの足し算にまとまる:
$$I \;\approx\; I_0\,e^{-f_1\,dl}\,e^{-f_2\,dl}\cdots \;=\; I_0\,e^{-(f_1+f_2+\cdots)\,dl} \;=\; I_0\,e^{-\sum_i f_i\,dl}$$最後に層を無限に細かく($dl\to0$)すると、和 $\displaystyle\sum_i f_i\,dl$ はリーマン和として線積分 $\displaystyle\int_L f(x,y)\,dl$ に収束する。こうして得られるのがビール・ランベルト則である。
ビール・ランベルト則
物体を通り抜けた透過強度 $I(s)$ は、入射強度 $I_0$ が、経路 $L$ に沿った減衰係数の線積分の分だけ指数関数的に減衰したものになる。
$$I(s) = I_0\,e^{-\int_L f(x,y)\,dl} \tag{2}$$
連続体(減衰係数 $f$)
$I_0$
$I=I_0\,e^{-\int_L f(x,y)\,dl}$
検出器が測れるのは強度 $I(s)$ だけだが、式 (2) の両辺の $-\ln$ をとると、掛け算(積・指数)が足し算(線積分)に戻る。こうして測った強度から、経路に沿った吸収の線積分を取り出せる。これを投影 $p(s)$ と呼ぶ。
投影
投影 $p(s)$ は、ビール・ランベルト則を線積分について解き直したもので、測定値 $I(s)$ から計算できる。
$$p(s) = -\ln\frac{I(s)}{I_0} = \int_L f(x,y)\,dl$$この投影 $p(s)$ を使って画像再構成が行われる。
線積分とラドン変換
こうして、検出した強度から、一本の直線 $L$ に沿った線積分 $\displaystyle\int_L f(x,y)\,dl$ が取り出せた。ここで直線は、向き(角度 $\theta$)と位置(距離 $s$)の2つで決まる。ある向きを固定して $s$ を動かして集めた $p(s)$ は、その向きの1つの投影(projection)にすぎない。さらに向き $\theta$ も変え、あらゆる直線 $(s,\theta)$ について集めたものが、関数 $f$ のラドン変換 $p(s,\theta)$ である。
$$p(s,\theta) = \mathcal{R}f(s,\theta) = \displaystyle\int_{L_{s,\theta}} f(x,y) \, dl$$正確な定式化(直線のパラメータ表示・線積分・上式の具体形)は第2章で扱う。
なぜ強度 $I$ そのものではなく $-\ln(I/I_0)$ を測るのか
検出器が直接測るのは透過強度 $I$ である。それでもCTが投影値として $-\ln(I/I_0)$ を使うのは、吸収が各層で掛け算(指数関数)で積み重なるからである。$I$ のままでは各場所の寄与が積の形になっていて、足し合わせて「経路に沿った合計」を取り出せない。両辺の $-\ln$ をとると掛け算が足し算に変わり、$-\ln(I/I_0)=\int_L f(x,y)\,dl$ という線積分、すなわち各場所の寄与を素直に足し上げた「扱いやすい量」になる。
可視光でCTはできる?(ラドン変換は波長に依らない)
ここまで「X線」と書いてきたが、再構成の数学が要求するのは直線 $L$ に沿った線積分 $p(s)=\int_L f(x,y)\,dl$ が多くの角度で測れることだけで、波長はどこにも現れない。波が直進して進み、強度が経路上の吸収の積算(ビール・ランベルト則)で決まりさえすれば、可視光でも同じ式でラドン変換・逆変換が成り立つ。上の3層の図の「透明な膜」は、まさに散乱も屈折もない純粋な吸収だけの理想化で、この波長非依存の状況そのものである。
実際、透明に近い試料なら可視光でのCTは実在する技術である。透明化した胚やオルガノイドを可視光で投影トモグラフィする OPT(Optical Projection Tomography)、放射線で濁度が変わる透明ゲルを光で読み出す光学CTゲル線量計などが代表例で、寒天のような半透明体はうってつけの対象になる。
では、なぜ人体には X線が要るのか。可視光が生体組織でうまくいかない理由は2つある。①散乱:組織は「濁った媒質」で、可視・近赤外の光子は何度も散乱して直進しない(手を電灯にかざすと赤くぼやけて見えるあれである)。直線 $L$ という前提が崩れるため、単純なラドン変換が使えない。②屈折:屈折率がばらつくと光線が曲がる(レンズ効果)。OPT で試料を屈折率マッチング(透明化)するのはこのためである。散乱が強い組織には拡散光トモグラフィ(DOT)という別手法があるが、これはラドン変換ではなく拡散方程式を解く難しい逆問題で、分解能も粗い。
要するに、X線が選ばれるのは「数学的に特別だから」ではなく、人体を直進・貫通できる数少ない手段だからである。透明な対象でさえあれば、CT は本来波長を選ばない純粋な幾何(線積分)の話なのである。
1.3 応用分野
医療画像(CT, PET)
X線CTスキャン、PETスキャンなど、体内の断層画像を非侵襲的に取得。現代医療診断の基盤技術。
電子顕微鏡トモグラフィー
試料を回転させながら電子線で撮影し、3次元構造を再構成。タンパク質やウイルスの構造解析に使用。
地震波トモグラフィー
地震波の伝播データから地球内部構造を推定。マントルやプレートの構造解明に貢献。
合成開口レーダー(SAR)
人工衛星からのレーダー観測データの処理。地表の高精度画像を生成。
1.4 練習問題
問題1
透過率 $0.8$ と $0.5$ の2枚の膜を続けて通ったX線は、入射強度 $I_0$ の何倍になるか。また、その投影値 $-\ln(I/I_0)$ を各膜の寄与の和として表せ。
解答
透過率は掛け算で積み重なるので $I/I_0 = 0.8 \times 0.5 = 0.4$($0.4$ 倍)。投影値は
$$-\ln(I/I_0) = -\ln 0.4 = (-\ln 0.8) + (-\ln 0.5) \approx 0.223 + 0.693 = 0.916$$のように、各膜の寄与($-\ln$)の和になる。
よくある質問
ラドン変換とは何か
ラドン変換は、関数 $f(x,y)$ を「あらゆる直線に沿った線積分」の集まりに対応させる操作である。直線を向き(角度 $\theta$)と位置(距離 $s$)で指定し、その直線 $L_{s,\theta}$ に沿った $f$ の線積分を $(s,\theta)$ の関数として表したものがラドン変換 $\mathcal{R}f$ である:$\mathcal{R}f(s,\theta)=\displaystyle\int_{L_{s,\theta}} f(x,y)\,dl$。X線CTでは、これが各方向から測った投影データにあたる。具体的な数式は第2章で扱う。
ラドン変換にはどのような応用があるか
医用画像(X線CT・PET・SPECT・MRI再構成)が最大の応用分野である。また、地震波トモグラフィ(地球内部構造の推定)・電子顕微鏡トモグラフィ・非破壊検査・天文学(天体の密度分布推定)・レーダーイメージングなど、「投影データから内部構造を復元する」すべての逆問題でラドン変換が登場する。
投影データから元の画像は復元できるのか
できる。1方向の投影だけでは情報が足りないが、多くの方向から測った投影(ラドン変換)を組み合わせると、元の関数 $f(x,y)$ を復元できる。これがCT(コンピュータ断層撮影)の原理である。復元の具体的な方法(逆ラドン変換)は後の章で扱う。
可視光でCTはできるのか
できる。ラドン変換の再構成が要求するのは「直線に沿った線積分が多くの角度で測れること」だけで、波長には依らない。波が直進し、強度が経路上の吸収の積算(ビール・ランベルト則)で決まりさえすればよいので、透明に近い試料なら可視光でもCTが成り立つ(OPT=光学投影トモグラフィや、光学CTゲル線量計が実例)。人体にX線が要るのは、生体組織では可視光が散乱して直進せず、屈折で曲がってしまい「直線に沿った積分」という前提が崩れるためである。