第2章 ε-δ論法 (後編) — 落とし穴と発展
難易度: 中級
よくある間違い・非存在の証明・テンプレート比較・一様連続性・練習問題
2 部構成のうち後編。 前編 第2章 ε-δ論法 (前編) — 定義と基本例題 で定義と基本例題を学んだ前提で、 本記事 (後編) では落とし穴・非存在の証明・テンプレート比較・一様連続性・練習問題を扱う。
よくある間違い
間違い1:εとδの順序を逆にする
誤:「$\delta > 0$ を取り、ある $\varepsilon > 0$ が存在して...」
正:「任意の $\varepsilon > 0$ に対して、ある $\delta > 0$ が存在して...」
$\varepsilon$ が先に与えられ、それに応じて $\delta$ を決める。
間違い2:δをεに依存させない
誤:「$\delta = 0.001$ とする」($\varepsilon$ に依存しない固定値)
正:$\delta$ は通常 $\varepsilon$ の関数(例:$\delta = \dfrac{\varepsilon}{3}$)
間違い3:予備計算と証明の混同
予備計算では「$|f(x) - L| < \varepsilon$ を仮定して」δを逆算するが、本証明では「$|x - a| < \delta$ を仮定して」$|f(x) - L| < \varepsilon$ を導く。
論理の方向に注意。
間違い4:⇔と⇒を混同する
誤:「$|x - a| < \delta \Leftrightarrow |f(x) - L| < \varepsilon$」
正:「$|x - a| < \delta \Rightarrow |f(x) - L| < \varepsilon$」
ε-δ論法は一方向の含意のみを要求する。逆方向($|f(x) - L| < \varepsilon \Rightarrow |x - a| < \delta$)は一般には成立しない。
例:$f(x) = x$, $a = 0$, $L = 0$ では $\delta = 2\varepsilon$ と取ることができるが、$|f(x)| < \varepsilon$ なら必ず $|x| < 2\varepsilon$ とは限らない。
間違い5:「$0 < |x - a|$」の意味を無視する
誤った記述:「$|x - a| < \delta \Rightarrow |f(x) - L| < \varepsilon$」(0<の部分を省略)
正:「$0 < |x - a| < \delta \Rightarrow |f(x) - L| < \varepsilon$」
条件「$0 < |x - a|$」は $x \neq a$ を意味し、極限の定義に本質的である。
理由:
- 関数は $x = a$ で定義されていないかもしれない(例:$f(x) = \dfrac{\sin x}{x}$ は $x = 0$ で未定義)
- $x = a$ での関数値と極限値が異なるかもしれない(一方、連続性では $f(a)$ を考える)
- 極限は $x \to a$ の「近づき方」のみに依存し、$x = a$ での値には依存しない
対比:連続性の定義では「$0 <$ なし」で $|x - a| < \delta$ と書く理由は、$f(a)$ が限界値に等しいことを要求するから。
極限が存在しないことの証明
ε-δ論法では、極限が存在することを正で示すだけでなく、存在しないことを背理法で証明することもできる。
$\displaystyle \lim_{x \to a} f(x) \neq L$ を証明するには背理法を使う:
- Step 1:仮定「$\displaystyle \lim_{x \to a} f(x) = L$」と仮定
- Step 2:ε値の選定ε-δ定義を満たさないような $\varepsilon_0 > 0$ を具体的に見つける
- Step 3:δの任意性任意の $\delta > 0$ に対して、以下が成り立つことを示す
- Step 4:反例の構成「$0 < |x - a| < \delta$ だが $|f(x) - L| \geq \varepsilon_0$」となる $x$ を見つける
- Step 5:矛盾と結論ε-δ定義に矛盾が生じたから、すべての $L$ に対して $\displaystyle \lim_{x \to a} f(x)$ は存在しない
具体例:$\sin(1/x)$ は $x \to 0$ で極限を持たない
命題
$f(x) = \sin(1/x)$ に対して、$\displaystyle \lim_{x \to 0} \sin(1/x)$ は存在しない。
証明(背理法)
Step 1:$\displaystyle \lim_{x \to 0} \sin(1/x) = L$ が存在すると仮定する。
Step 2:$\varepsilon_0 = \dfrac{1}{2}$ と選ぶ。
Step 3:ε-δ定義により、この $\varepsilon_0$ に対して、ある $\delta > 0$ が存在して、$0 < |x| < \delta$ ならば $|\sin(1/x) - L| < \dfrac{1}{2}$ となるはずである。
Step 4(反例の構成):
$0 < |x| < \delta$ の範囲に、$\sin(1/x) = 1$ となる点と $\sin(1/x) = -1$ となる点が両方存在する。
- $1/x = \pi/2 + 2\pi k$ ($k$ は整数)のとき、$\sin(1/x) = 1$
- $1/x = -\pi/2 + 2\pi k$ ($k$ は整数)のとき、$\sin(1/x) = -1$
Step 5(矛盾の導出):
- $\sin(1/x) = 1$ の点では $|\sin(1/x) - L| = |1 - L|$
- $\sin(1/x) = -1$ の点では $|\sin(1/x) - L| = |-1 - L|$
この2つの値が同時に $\dfrac{1}{2}$ より小さくなることはできない。
例えば、もし $|1 - L| < \dfrac{1}{2}$ なら $\dfrac{1}{2} < L < \dfrac{3}{2}$。
すると $|-1 - L| > |{-1 - \dfrac{3}{2}}| = \dfrac{5}{2} > \dfrac{1}{2}$ となり矛盾。
Step 6:したがって仮定は間違っており、$\displaystyle \lim_{x \to 0} \sin(1/x)$ は存在しない。$\square$
極限が存在しないことを示すコツ
- 振動関数の利用:$\sin(1/x)$ のように複数の値の間を振動する関数は、背理法で存在しないことを示しやすい
- 左極限と右極限の不一致:$\displaystyle \lim_{x \to 0^-} 1/x = -\infty$, $\displaystyle \lim_{x \to 0^+} 1/x = +\infty$ のように方向によって異なる場合
- 不連続点の利用:段差関数(ステップ関数)など、不連続な点で極限が存在しないことを示す
- ε値の選定が鍵:「どの値 $L$ を仮定しても成立しない」ような $\varepsilon_0$ を見つけることが証明の鍵
証明テンプレート比較
ε-δ論法、連続性、数列の極限、背理法(存在しないことの証明)の4つの証明テンプレートをまとめて比較する。
- Step 1:宣言「任意の $\varepsilon > 0$」
- Step 2:予備計算$|f(x) - L|$ を変形
- Step 3:δの決定$\delta$ を定める
- Step 4:検証$|x - a| < \delta \Rightarrow |f(x) - L| < \varepsilon$
- Step 5:結論極限が成立
- Step 1:宣言「任意の $\varepsilon > 0$」
- Step 2:予備計算$|f(x) - f(a)|$ を変形
- Step 3:δの決定$\delta$ を定める
- Step 4:検証$|x-a|<\delta$ ⟹ $|f(x)-f(a)|<\varepsilon$
- Step 5:結論連続性が成立
- Step 1:宣言「任意の $\varepsilon > 0$」
- Step 2:予備計算$|a_n - L|$ を変形
- Step 3:Nの決定$N > \dfrac{c}{\varepsilon}$
- Step 4:検証$n > N \Rightarrow |a_n - L| < \varepsilon$
- Step 5:結論数列が収束
- Step 1:仮定「$\displaystyle \lim_{x \to a} f(x) = L$」と仮定
- Step 2:ε値選定ε-δ定義を満たさない $\varepsilon_0 > 0$ を見つける
- Step 3:δの任意性任意の $\delta > 0$ に対して反例を構成
- Step 4:反例構成「$0 < |x - a| < \delta$ だが $|f(x) - L| \geq \varepsilon_0$」となる $x$ を見つける
- Step 5:矛盾と結論ε-δ定義に矛盾が生じたから、$\displaystyle \lim_{x \to a} f(x)$ は存在しない
発展:一様連続性へのブリッジ
一様連続性(Uniform Continuity)とは
これまで学んだ「ε-δ定義による連続性」では、δは点aに依存する:
∀ε > 0, ∃δ(a, ε) > 0 : |x - a| < δ ⇒ |f(x) - f(a)| < ε
一方、一様連続性では、δがすべての点で共通である:
∀ε > 0, ∃δ(ε) > 0 : ∀x, a に対し |x - a| < δ ⇒ |f(x) - f(a)| < ε
重要な違い:通常の連続性では各点ごとに異なる δ を許容するが、一様連続性では「1つの δ がすべての点で機能する」ことを要求する。
どんな時に一様連続性が大事か
- 閉区間上の連続関数: Heine-Cantor定理により、閉区間 [a, b] 上で連続な関数は必ず一様連続である
- 積分の定義: リーマン積分の存在証明で一様連続性が本質的に使われる
- 数値計算: 一様連続なら、精度保証付きの数値計算アルゴリズムを設計できる
- 関数の良い挙動: 一様連続な関数は「異なる点の値が遠く離れにくい」性質がある
例:f(x) = x は [0, 1] 上で一様連続(詳細)
証明のスケッチ:
任意の ε > 0 に対し、δ = ε とおく。すると、
|x - a| < δ = ε ⇒ |f(x) - f(a)| = |x - a| < ε
この δ = ε はすべての点 a ∈ [0, 1] で共通に機能する。よって一様連続である。
反例:f(x) = 1/x は (0, 1) 上で一様連続ではない(詳細)
証明のスケッチ:ε = 1 とする。
どんな δ > 0 を選んでも、点 a = δ/2 付近では、
x = δ/4 を選ぶと |x - a| = δ/4 < δ ですが、
|f(x) - f(a)| = |4/δ - 2/δ| = 2/δ は δ → 0 で ∞ に
つまり、x が 0 に近づくほど、δ 本体を小さくする必要があり、「すべての点で共通な δ」が存在しない。
次のステップ
一様連続性は解析学の重要な概念で、積分論や関数解析への道を開く。この段階では「ε-δ定義の応用として、こういう概念がある」と理解すれば十分である。詳細は実解析の講座で学べる。
練習問題
問題1
$\displaystyle \lim_{x \to 1} (2x - 3) = -1$ をε-δ論法で証明せよ。
💡 ヒント
Step 1:$f(x) = 2x - 3$, $a = 1$, $L = -1$ と特定。
Step 2(予備計算):$|(2x-3) - (-1)| = |2x - 2|$ となることに注目。これを $|x - 1|$ で表現できるか?
Step 3(δの決定):もし $|x - 1| < \delta$ なら、$|2x - 2| = 2|x-1|$ はどう評価される?
Step 4(δとεの関係):$2|x-1| < 2\delta$ が $\varepsilon$ 以下になるには、$\delta$ をどう選べばいい?
問題2
$\displaystyle \lim_{x \to 0} x^3 = 0$ をε-δ論法で証明せよ。
💡 ヒント
Step 1:$f(x) = x^3$, $a = 0$, $L = 0$ と特定。
Step 2(予備計算):$|x^3 - 0| = |x^3| = |x|^3$ となることに注目。
Step 3(δの決定):$|x|^3 < \varepsilon$ となるには、$|x|$ がどの値より小さければいい?($|x| < \sqrt[3]{\varepsilon}$ のような形を目指す)
Step 4(複雑な場合への対応):この問題は例題2(2次関数)とは異なり、$\delta = \sqrt[3]{\varepsilon}$ で直接対応できる。min()を使う必要があるか考えてみよう。
問題3
$\displaystyle \lim_{n \to \infty} \dfrac{n}{n^2 + 1} = 0$ をε-N論法で証明せよ。
💡 ヒント
Step 1:$a_n = \dfrac{n}{n^2+1}$, $L = 0$ と特定。
Step 2(予備計算):$\left|\dfrac{n}{n^2+1} - 0\right| = \dfrac{n}{n^2+1}$ と単純化。さらに $n^2 + 1 > n^2$ なので、$\dfrac{n}{n^2+1} < \dfrac{n}{n^2} = \dfrac{1}{n}$ と評価できる。
Step 3(Nの決定):$\dfrac{1}{n} < \varepsilon$ となるには、$n > \dfrac{1}{\varepsilon}$ であればよい。
Step 4(アルキメデスの性質):「任意の $\varepsilon > 0$ に対して、$N > \dfrac{1}{\varepsilon}$ となる自然数 $N$ が存在する」という性質を使っている。これは暗黙の了解。
解答を見る
問題1の解答
任意の $\varepsilon > 0$ を取る。$\delta = \dfrac{\varepsilon}{2}$ とする。
$0 < |x - 1| < \delta$ のとき
\begin{align} |(2x - 3) - (-1)| &= |2x - 2| \\ &= 2|x - 1| \\ &< 2 \cdot \dfrac{\varepsilon}{2} \\ &= \varepsilon \end{align}$\square$
問題2の解答
任意の $\varepsilon > 0$ を取る。$\delta = \min(1, \sqrt[3]{\varepsilon})$ とする。
$0 < |x - 0| < \delta$ のとき、$|x| < 1$ かつ $|x| < \sqrt[3]{\varepsilon}$ なので
\begin{align} |x^3 - 0| &= |x|^3 \\ &< (\sqrt[3]{\varepsilon})^3 \\ &= \varepsilon \end{align}$\square$
問題3の解答
任意の $\varepsilon > 0$ を取る。$N > \dfrac{1}{\varepsilon}$ となる $N$ を選ぶ。
$n > N$ のとき、$n^2 + 1 > n^2 > n$ なので
\begin{align} \left|\dfrac{n}{n^2 + 1} - 0\right| &= \dfrac{n}{n^2 + 1} \\ &< \dfrac{n}{n^2} \\ &= \dfrac{1}{n} \\ &< \dfrac{1}{N} \\ &< \varepsilon \end{align}$\square$