第2章 ε-δ論法

極限と連続性の厳密な定義と証明

なぜε-δ論法が必要か

「$x$ が $a$ に近づくとき、$f(x)$ は $L$ に近づく」という直感的な極限の説明は曖昧である。

  • 「近づく」とはどれくらい近いのか?
  • 「限りなく」とは具体的に何を意味するのか?

ε-δ論法は、これらの曖昧さを量化子を使って厳密に定義する。

量化子とは

量化子(quantifier)とは、命題に含まれる変数の「範囲」を指定する記号である。数学では主に2種類の量化子を使う。

全称量化子 $\forall$(for all)

「すべての〜について」を意味する。

  • $\forall x \in \mathbb{R}, x^2 \geq 0$:「すべての実数 $x$ について、$x^2 \geq 0$ である」
  • $\forall n \in \mathbb{N}, n + 1 > n$:「すべての自然数 $n$ について、$n + 1 > n$ である」

存在量化子 $\exists$(there exists)

「〜が存在する」を意味する。

  • $\exists x \in \mathbb{R}, x^2 = 2$:「$x^2 = 2$ となる実数 $x$ が存在する」($x = \pm\sqrt{2}$)
  • $\exists n \in \mathbb{N}, n > 100$:「$100$ より大きい自然数 $n$ が存在する」

量化子の順序が重要

量化子の順序を入れ替えると、意味が変わる。

  • $\forall \varepsilon > 0, \exists \delta > 0$:「どんな $\varepsilon$ に対しても、適切な $\delta$ が($\varepsilon$ に応じて)存在する」
  • $\exists \delta > 0, \forall \varepsilon > 0$:「ある固定された $\delta$ が、すべての $\varepsilon$ に対して通用する」(より強い条件)

ε-δ論法では前者($\forall \varepsilon, \exists \delta$)の順序を使う。

直感的な定義の落とし穴

「$x \to a$ のとき $f(x) \to L$」という日本語での説明は、曖昧さから誤った結論を導く可能性がある。

問題1:振動関数 $\sin(1/x)$

関数 $f(x) = \sin(1/x)$ は $x \to 0$ のとき、$-1$ と $1$ の間を無限に振動する。

「$x$ が $0$ に近づくと、$f(x)$ の値が変動する」と直感的に言えるが、どの値に「近づく」のか不明確。

ε-δ論法で分析:任意の値 $L$ に対して、$\varepsilon = 0.1$ を選ぶと、どんなに $\delta$ を小さく取っても、$|x| < \delta$ の範囲に $\sin(1/x) > L + 0.1$ となる点が存在する。したがって極限は存在しない。

問題2:分母が 0 に近い関数 $1/x$

関数 $f(x) = 1/x$ は $x \to 0$ のとき、$+\infty$ と $-\infty$ へ分岐する。

直感的には「値が大きくなる」と表現できるが、左からと右からで方向が異なる。

ε-δ論法で分析:$\displaystyle \lim_{x \to 0} \frac{1}{x}$ が存在すると仮定して、極限を $L$ とすると、$|1/x - L| < 1$ となる $\delta$ が存在するはずである。しかし左から 0 に近づく場合と右から 0 に近づく場合で $1/x$ の符号が異なるため、矛盾が生じる。

ε-δ論法の利点

定義を式で厳密に与えることで、以下が可能になる:

  • 曖昧性を排除:「近づく」を明確な不等式で定義
  • 反例の構成:極限が存在しないことを論理的に証明
  • 極限値の一意性:複数の値に同時に近づくことはないことを保証
  • 他の概念への拡張:連続性、微分、積分など、より複雑な概念を定義

極限の定義

関数の極限(ε-δ定義)

$\displaystyle \lim_{x \to a} f(x) = L$ とは、次が成り立つことである:

$$\forall \varepsilon > 0, \exists \delta > 0, \forall x, (0 < |x - a| < \delta \Rightarrow |f(x) - L| < \varepsilon)$$

定義の読み方

  1. 任意の $\varepsilon > 0$ に対して:どんなに小さい誤差範囲を要求されても
  2. ある $\delta > 0$ が存在して:適切な「$a$ への近さ」を設定できて
  3. $0 < |x - a| < \delta$ のとき:$x$ が $a$ に十分近ければ($a$ 自身は除く)
  4. $|f(x) - L| < \varepsilon$ となる:$f(x)$ は $L$ の誤差範囲 $\pm\varepsilon$ 内に入る
x y a L a−δ a+δ L + ε L - ε

青い帯($L \pm \varepsilon$ の範囲)に収まるように、オレンジの帯($a \pm \delta$ の範囲)を設定できれば極限が存在

極限が存在しない例

以下のような場合、どのように $\delta$ を小さく取っても $\varepsilon$ の条件を満たせないため、極限は存在しない。

x y a

不連続
左極限 $\neq$ 右極限

x y 0

振動
$\sin(1/x)$ は $x \to 0$ で振動

x y 0

発散
$1/x$ は $x \to 0$ で $\pm\infty$

ε-δ証明の基本例

ε-δ証明のテンプレート
  1. Step 1:宣言「任意の $\varepsilon > 0$ を取る」
  2. Step 2:予備計算$|f(x) - L| < \varepsilon$ を $|x - a|$ の形に変形
  3. Step 3:δの決定$\delta$ を $\varepsilon$ の式で定める
  4. Step 4:検証$0 < |x - a| < \delta \Rightarrow |f(x) - L| < \varepsilon$ を確認
  5. Step 5:結論「よって極限は $L$ である」

例題1:1次関数の極限

命題:$\displaystyle \lim_{x \to 2} (3x + 1) = 7$ を証明せよ。

証明

Step 1:任意の $\varepsilon > 0$ を取る。

Step 2:$\delta$ を決める。$|f(x) - L| < \varepsilon$ となる条件を逆算する。

\begin{align} |f(x) - L| &= |(3x + 1) - 7| \\ &= |3x - 6| \\ &= 3|x - 2| \\ &< \varepsilon \end{align}

これは $|x - 2| < \dfrac{\varepsilon}{3}$ と同値。

Step 3:そこで $\delta = \dfrac{\varepsilon}{3}$ と定める。

Step 4:検証する。$0 < |x - 2| < \delta = \dfrac{\varepsilon}{3}$ のとき

\begin{align} |(3x + 1) - 7| &= |3x - 6| \\ &= 3|x - 2| \\ &< 3 \cdot \dfrac{\varepsilon}{3} \\ &= \varepsilon \end{align}

Step 5:よって、任意の $\varepsilon > 0$ に対して $\delta = \dfrac{\varepsilon}{3}$ と取れば条件を満たす。

したがって $\displaystyle \lim_{x \to 2} (3x + 1) = 7$ である。$\square$

より複雑な例:2次関数

例題2:2次関数の極限

命題:$\displaystyle \lim_{x \to 3} x^2 = 9$ を証明せよ。

証明

予備計算(まず $|x^2 - 9|$ を評価する)

\begin{align} |x^2 - 9| &= |x + 3||x - 3| \end{align}

$|x - 3|$ は $\delta$ で抑えられるが、$|x + 3|$ の評価が必要。

思考プロセス:なぜ $|x+3|$ を抑える?

Step 1:積の形を認識 $|x^2 - 9| = |x+3||x-3|$ では2つの因子がある。

Step 2:どちらを $\delta$ で抑えるか判断 $|x-3|$ は定義上 $\delta$ で自動的に抑えられるが、$|x+3|$ は独立している。

Step 3:$|x+3|$ を定数で抑える 「$|x-3|$ が小さければ、$|x+3|$ も小さくなるはず」という直感から、$\delta$ に上限(例:$\delta \leq 1$)を置く。

Step 4:具体的に計算 $|x-3| < 1$ と仮定して、$|x+3|$ の上限を計算する。

この「仮定」は後で $\delta = \min(1, \varepsilon/7)$ という形で実現される。

$|x - 3| < 1$ と仮定すると(後で $\delta \leq 1$ と取る)

\begin{align} |x - 3| &< 1 \\ -1 < x - 3 &< 1 \\ 2 < x &< 4 \\ 5 < x + 3 &< 7 \\ |x + 3| &< 7 \end{align}

よって $|x^2 - 9| = |x + 3||x - 3| < 7|x - 3|$

本証明

Step 1:任意の $\varepsilon > 0$ を取る。

Step 2:$\delta$ を決める。予備計算から $|x^2 - 9| < 7|x - 3|$ が分かっているので、次の2つの条件を組み合わせた $\delta$ を選ぶ:

δの決定:なぜ min(1, ε/7) なのか?

条件1:$|x+3| < 7$ を確保 予備計算の仮定 $|x-3| < 1$ を実現するため、$\delta \leq 1$ にする。

条件2:$|x^2 - 9| < \varepsilon$ を実現

  • 予備計算から $|x^2 - 9| < 7|x - 3|$ であることが分かった
  • $|x - 3| < \delta$ のとき、$|x^2 - 9| < 7\delta$
  • この値が $\varepsilon$ より小さくするには、$7\delta < \varepsilon$ つまり $\delta < \varepsilon/7$

両条件を同時に満たす 2つの条件 $\delta \leq 1$ と $\delta \leq \varepsilon/7$ を両立させるには、小さい方を選ぶ:

$\delta = \min\left(1, \dfrac{\varepsilon}{7}\right)$

Step 3:$0 < |x - 3| < \delta$ のとき、上記の info ボックスで説明した2つの条件が同時に満たされる:

  • $\delta \leq 1$ より $|x - 3| < 1$ なので、予備計算から $|x + 3| < 7$
  • $\delta \leq \dfrac{\varepsilon}{7}$ より $|x - 3| < \dfrac{\varepsilon}{7}$

Step 4:したがって

\begin{align} |x^2 - 9| &= |x + 3||x - 3| \\ &< 7 \cdot \dfrac{\varepsilon}{7} \\ &= \varepsilon \end{align}

よって $\displaystyle \lim_{x \to 3} x^2 = 9$ である。$\square$

連続性の定義

点での連続性(ε-δ定義)

関数 $f$ が点 $a$ で連続であるとは、次が成り立つことである:

$$\forall \varepsilon > 0, \exists \delta > 0, \forall x, (|x - a| < \delta \Rightarrow |f(x) - f(a)| < \varepsilon)$$

極限の定義との違いに注目しましょう:

極限の定義
$\forall \varepsilon > 0, \exists \delta > 0, \forall x, ($$0 < |x - a| < \delta$$ \Rightarrow |f(x) - $$L$$| < \varepsilon)$
$x = a$ を含まない
$x = a$ を含む
$L$
$f(a)$
連続の定義
$\forall \varepsilon > 0, \exists \delta > 0, \forall x, ($$|x - a| < \delta$$ \Rightarrow |f(x) - $$f(a)$$| < \varepsilon)$
極限:$0 < |x-a| < \delta$ $a-\delta$ $a$ $a+\delta$ x = a を含まない 連続:$|x-a| < \delta$ $a-\delta$ $a$ $a+\delta$ x = a を含む
連続性の証明テンプレート
  1. Step 1:宣言「任意の $\varepsilon > 0$ を取る」
  2. Step 2:予備計算$|f(x) - f(a)| < \varepsilon$ を $|x - a|$ の形に変形
  3. Step 3:δの決定$\delta$ を $\varepsilon$ の式で定める
  4. Step 4:検証$|x - a| < \delta \Rightarrow |f(x) - f(a)| < \varepsilon$ を確認
  5. Step 5:結論「よって $f$ は $a$ で連続である」

例題3:連続性の証明

命題:$f(x) = x^2$ は $x = 2$ で連続である。

証明

Step 1:任意の $\varepsilon > 0$ を取る。

Step 2:$\delta = \min\left(1, \dfrac{\varepsilon}{5}\right)$ と定める。

Step 3:$|x - 2| < \delta$ とする。

$\delta \leq 1$ より $|x - 2| < 1$、すなわち $1 < x < 3$

したがって $3 < x + 2 < 5$、つまり $|x + 2| < 5$

Step 4

\begin{align} |f(x) - f(2)| &= |x^2 - 4| \\ &= |x + 2||x - 2| \\ &< 5 \cdot \dfrac{\varepsilon}{5} \\ &= \varepsilon \end{align}

Step 5:よって $f(x) = x^2$ は $x = 2$ で連続である。$\square$

数列の極限

数列の極限(ε-N定義)

$\displaystyle \lim_{n \to \infty} a_n = L$ とは、次が成り立つことである:

$$\forall \varepsilon > 0, \exists N \in \mathbb{N}, \forall n \in \mathbb{N}, (n > N \Rightarrow |a_n - L| < \varepsilon)$$

ε-δとε-Nの対応関係

ε-N定義は本質的にε-δ定義の「定義域を離散化した版」である。以下の表で構造的な対応を見ると理解が深まる:

概念 関数の極限(ε-δ) 数列の極限(ε-N)
対象 関数 $f(x)$(定義域が連続) 数列 $\{a_n\}$(定義域が離散的)
変数 実数 $x$($a$ に近づく) 自然数 $n$($\infty$ に向かう)
近さの尺度 $\delta$:$x$ と $a$ の近さを計る値 $N$:$n$ がどの程度進んだかを計る値
誤差範囲 $\varepsilon$:$f(x)$ と $L$ の許容誤差 $\varepsilon$:$a_n$ と $L$ の許容誤差(同じ)
条件 $0 < |x - a| < \delta \Rightarrow |f(x) - L| < \varepsilon$ $n > N \Rightarrow |a_n - L| < \varepsilon$
量化子の並び $\forall \varepsilon, \exists \delta, \forall x$ $\forall \varepsilon, \exists N, \forall n$

ε-Nがε-δ より簡単な理由

数列の極限は関数の極限より「直感的」に感じられる場合が多い。理由:

  • 1次元から 0次元へ:δは「距離」の概念、Nは「何番目」という単純な順序
  • 連続性を気にしない:数列は飛び飛びの値なので、中間値の存在を考えなくてよい
  • 逆演算が簡単:$n > N$ を満たす $N$ を見つけるのは、$|x-a| < \delta$ を満たす $\delta$ を見つけるより単純
数列の極限の証明テンプレート
  1. Step 1:宣言「任意の $\varepsilon > 0$ を取る」
  2. Step 2:予備計算$|a_n - L| < \varepsilon$ を $n$ の条件に変形
  3. Step 3:Nの決定$N > \dfrac{\text{(定数)}}{\varepsilon}$ となる自然数 $N$ を選ぶ
  4. Step 4:検証$n > N \Rightarrow |a_n - L| < \varepsilon$ を確認
  5. Step 5:結論「よって $\displaystyle\lim_{n \to \infty} a_n = L$ である」

例題4:数列の極限

命題:$\displaystyle \lim_{n \to \infty} \dfrac{1}{n} = 0$ を証明せよ。

証明

Step 1:任意の $\varepsilon > 0$ を取る。

Step 2:アルキメデスの性質より、$N > \dfrac{1}{\varepsilon}$ となる自然数 $N$ が存在する。

Step 3:$n > N$ とすると

\begin{align} n &> N > \dfrac{1}{\varepsilon} \\ \dfrac{1}{n} &< \dfrac{1}{N} < \varepsilon \end{align}

Step 4:$\dfrac{1}{n} > 0$ なので

\begin{align} \left|\dfrac{1}{n} - 0\right| = \dfrac{1}{n} < \varepsilon \end{align}

Step 5:よって $\displaystyle \lim_{n \to \infty} \dfrac{1}{n} = 0$ である。$\square$

例題5:より複雑な数列

命題:$\displaystyle \lim_{n \to \infty} \dfrac{2n + 1}{n + 3} = 2$ を証明せよ。

証明

予備計算

\begin{align} \left|\dfrac{2n + 1}{n + 3} - 2\right| &= \left|\dfrac{2n + 1 - 2(n + 3)}{n + 3}\right| \\ &= \left|\dfrac{2n + 1 - 2n - 6}{n + 3}\right| \\ &= \left|\dfrac{-5}{n + 3}\right| \\ &= \dfrac{5}{n + 3} \end{align}

$n \geq 1$ のとき $n + 3 > n$ なので $\dfrac{5}{n + 3} < \dfrac{5}{n}$

本証明

Step 1:任意の $\varepsilon > 0$ を取る。

Step 2:$N > \dfrac{5}{\varepsilon}$ となる自然数 $N$ を選ぶ。

Step 3:$n > N$ とすると

\begin{align} \left|\dfrac{2n + 1}{n + 3} - 2\right| &= \dfrac{5}{n + 3} \\ &< \dfrac{5}{n} \\ &< \dfrac{5}{N} \\ &< \dfrac{5}{\dfrac{5}{\varepsilon}} \\ &= \varepsilon \end{align}

Step 4:よって $\displaystyle \lim_{n \to \infty} \dfrac{2n + 1}{n + 3} = 2$ である。$\square$

よくある間違い

間違い1:εとδの順序を逆にする

:「$\delta > 0$ を取り、ある $\varepsilon > 0$ が存在して...」

:「任意の $\varepsilon > 0$ に対して、ある $\delta > 0$ が存在して...」

$\varepsilon$ が先に与えられ、それに応じて $\delta$ を決める。

間違い2:δをεに依存させない

:「$\delta = 0.001$ とする」($\varepsilon$ に依存しない固定値)

:$\delta$ は通常 $\varepsilon$ の関数(例:$\delta = \dfrac{\varepsilon}{3}$)

間違い3:予備計算と証明の混同

予備計算では「$|f(x) - L| < \varepsilon$ を仮定して」δを逆算するが、本証明では「$|x - a| < \delta$ を仮定して」$|f(x) - L| < \varepsilon$ を導く。

論理の方向に注意。

間違い4:⇔と⇒を混同する

:「$|x - a| < \delta \Leftrightarrow |f(x) - L| < \varepsilon$」

:「$|x - a| < \delta \Rightarrow |f(x) - L| < \varepsilon$」

ε-δ論法は一方向の含意のみを要求する。逆方向($|f(x) - L| < \varepsilon \Rightarrow |x - a| < \delta$)は一般には成立しない。

:$f(x) = x$, $a = 0$, $L = 0$ では $\delta = 2\varepsilon$ と取ることができるが、$|f(x)| < \varepsilon$ なら必ず $|x| < 2\varepsilon$ とは限らない。

間違い5:「$0 < |x - a|$」の意味を無視する

誤った記述:「$|x - a| < \delta \Rightarrow |f(x) - L| < \varepsilon$」(0<の部分を省略)

:「$0 < |x - a| < \delta \Rightarrow |f(x) - L| < \varepsilon$」

条件「$0 < |x - a|$」は $x \neq a$ を意味し、極限の定義に本質的である。

理由

  • 関数は $x = a$ で定義されていないかもしれない(例:$f(x) = \frac{\sin x}{x}$ は $x = 0$ で未定義)
  • $x = a$ での関数値と極限値が異なるかもしれない(一方、連続性では $f(a)$ を考える)
  • 極限は $x \to a$ の「近づき方」のみに依存し、$x = a$ での値には依存しない

対比:連続性の定義では「$0 <$ なし」で $|x - a| < \delta$ と書く理由は、$f(a)$ が限界値に等しいことを要求するから。

極限が存在しないことの証明

ε-δ論法では、極限が存在することを正で示すだけでなく、存在しないことを背理法で証明することもできる。

$\displaystyle \lim_{x \to a} f(x) \neq L$ を証明するには背理法を使う:

背理法による証明のテンプレート
  1. Step 1:仮定「$\displaystyle \lim_{x \to a} f(x) = L$」と仮定
  2. Step 2:ε値の選定ε-δ定義を満たさないような $\varepsilon_0 > 0$ を具体的に見つける
  3. Step 3:δの任意性任意の $\delta > 0$ に対して、以下が成り立つことを示す
  4. Step 4:反例の構成「$0 < |x - a| < \delta$ だが $|f(x) - L| \geq \varepsilon_0$」となる $x$ を見つける
  5. Step 5:矛盾と結論ε-δ定義に矛盾が生じたから、すべての $L$ に対して $\displaystyle \lim_{x \to a} f(x)$ は存在しない
重点: 「すべての $L$ に対して存在しないことを示す」ことが必要。一つの $\varepsilon_0$ で矛盾を引き出す。

具体例:$\sin(1/x)$ は $x \to 0$ で極限を持たない

命題

$f(x) = \sin(1/x)$ に対して、$\displaystyle \lim_{x \to 0} \sin(1/x)$ は存在しない。

証明(背理法)

Step 1:$\displaystyle \lim_{x \to 0} \sin(1/x) = L$ が存在すると仮定する。

Step 2:$\varepsilon_0 = \dfrac{1}{2}$ と選ぶ。

Step 3:ε-δ定義により、この $\varepsilon_0$ に対して、ある $\delta > 0$ が存在して、$0 < |x| < \delta$ ならば $|\sin(1/x) - L| < \dfrac{1}{2}$ となるはずである。

Step 4(反例の構成)

$0 < |x| < \delta$ の範囲に、$\sin(1/x) = 1$ となる点と $\sin(1/x) = -1$ となる点が両方存在する。

  • $1/x = \pi/2 + 2\pi k$ ($k$ は整数)のとき、$\sin(1/x) = 1$
  • $1/x = -\pi/2 + 2\pi k$ ($k$ は整数)のとき、$\sin(1/x) = -1$

Step 5(矛盾の導出)

  • $\sin(1/x) = 1$ の点では $|\sin(1/x) - L| = |1 - L|$
  • $\sin(1/x) = -1$ の点では $|\sin(1/x) - L| = |-1 - L|$

この2つの値が同時に $\dfrac{1}{2}$ より小さくなることはできない。

例えば、もし $|1 - L| < \dfrac{1}{2}$ なら $\dfrac{1}{2} < L < \dfrac{3}{2}$。

すると $|-1 - L| > |{-1 - \dfrac{3}{2}}| = \dfrac{5}{2} > \dfrac{1}{2}$ となり矛盾。

Step 6:したがって仮定は間違っており、$\displaystyle \lim_{x \to 0} \sin(1/x)$ は存在しない。$\square$

極限が存在しないことを示すコツ

  • 振動関数の利用:$\sin(1/x)$ のように複数の値の間を振動する関数は、背理法で存在しないことを示しやすい
  • 左極限と右極限の不一致:$\displaystyle \lim_{x \to 0^-} 1/x = -\infty$, $\displaystyle \lim_{x \to 0^+} 1/x = +\infty$ のように方向によって異なる場合
  • 不連続点の利用:段差関数(ステップ関数)など、不連続な点で極限が存在しないことを示す
  • ε値の選定が鍵:「どの値 $L$ を仮定しても成立しない」ような $\varepsilon_0$ を見つけることが証明の鍵

証明テンプレート比較

ε-δ論法、連続性、数列の極限、背理法(存在しないことの証明)の4つの証明テンプレートをまとめて比較します。

ε-δ論法(関数の極限)
  1. Step 1:宣言「任意の $\varepsilon > 0$」
  2. Step 2:予備計算$|f(x) - L|$ を変形
  3. Step 3:δの決定$\delta$ を定める
  4. Step 4:検証$|x - a| < \delta \Rightarrow |f(x) - L| < \varepsilon$
  5. Step 5:結論極限が成立
重点: $x = a$ を含まないδ近傍
連続性(ε-δ定義)
  1. Step 1:宣言「任意の $\varepsilon > 0$」
  2. Step 2:予備計算$|f(x) - f(a)|$ を変形
  3. Step 3:δの決定$\delta$ を定める
  4. Step 4:検証$|x-a|<\delta$ ⟹ $|f(x)-f(a)|<\varepsilon$
  5. Step 5:結論連続性が成立
重点: $x = a$ を含むδ近傍
数列の極限(ε-N定義)
  1. Step 1:宣言「任意の $\varepsilon > 0$」
  2. Step 2:予備計算$|a_n - L|$ を変形
  3. Step 3:Nの決定$N > \frac{c}{\varepsilon}$
  4. Step 4:検証$n > N \Rightarrow |a_n - L| < \varepsilon$
  5. Step 5:結論数列が収束
重点: $N$ より大きいすべての $n$ に対する証明
背理法(極限が存在しないことの証明)
  1. Step 1:仮定「$\displaystyle \lim_{x \to a} f(x) = L$」と仮定
  2. Step 2:ε値選定ε-δ定義を満たさない $\varepsilon_0 > 0$ を見つける
  3. Step 3:δの任意性任意の $\delta > 0$ に対して反例を構成
  4. Step 4:反例構成「$0 < |x - a| < \delta$ だが $|f(x) - L| \geq \varepsilon_0$」となる $x$ を見つける
  5. Step 5:矛盾と結論ε-δ定義に矛盾が生じたから、$\displaystyle \lim_{x \to a} f(x)$ は存在しない
重点: 「すべての $L$ 値で矛盾する」ことを示す

発展:一様連続性へのブリッジ

一様連続性(Uniform Continuity)とは

これまで学んだ「ε-δ定義による連続性」では、δは点aに依存します:

∀ε > 0, ∃δ(a, ε) > 0 : |x - a| < δ ⇒ |f(x) - f(a)| < ε

一方、一様連続性では、δがすべての点で共通です:

∀ε > 0, ∃δ(ε) > 0 : ∀x, a に対し |x - a| < δ ⇒ |f(x) - f(a)| < ε

重要な違い:通常の連続性では各点ごとに異なる δ を許容しますが、一様連続性では「1つの δ がすべての点で機能する」ことを要求します。

どんな時に一様連続性が大事か

  • 閉区間上の連続関数: Heine-Cantor定理により、閉区間 [a, b] 上で連続な関数は必ず一様連続です
  • 積分の定義: リーマン積分の存在証明で一様連続性が本質的に使われます
  • 数値計算: 一様連続なら、精度保証付きの数値計算アルゴリズムを設計できます
  • 関数の良い挙動: 一様連続な関数は「異なる点の値が遠く離れにくい」性質があります
例:f(x) = x は [0, 1] 上で一様連続(詳細)

証明のスケッチ:

任意の ε > 0 に対し、δ = ε とおきます。すると、

|x - a| < δ = ε ⇒ |f(x) - f(a)| = |x - a| < ε

この δ = ε はすべての点 a ∈ [0, 1] で共通に機能します。だから一様連続です。

反例:f(x) = 1/x は (0, 1) 上で一様連続ではない(詳細)

証明のスケッチ:ε = 1 としましょう。

どんな δ > 0 を選んでも、点 a = δ/2 付近では、

x = δ/4 を選ぶと |x - a| = δ/4 < δ ですが、
|f(x) - f(a)| = |4/δ - 2/δ| = 2/δ は δ → 0 で ∞ に

つまり、x が 0 に近づくほど、δ 本体を小さくする必要があり、「すべての点で共通な δ」が存在しません。

次のステップ

一様連続性は解析学の重要な概念で、積分論や関数解析への道を開きます。この段階では「ε-δ定義の応用として、こういう概念がある」と理解すれば十分です。詳細は実解析の講座で学べます。

練習問題

問題1

$\displaystyle \lim_{x \to 1} (2x - 3) = -1$ をε-δ論法で証明せよ。

💡 ヒント

Step 1:$f(x) = 2x - 3$, $a = 1$, $L = -1$ と特定。

Step 2(予備計算):$|(2x-3) - (-1)| = |2x - 2|$ となることに注目。これを $|x - 1|$ で表現できるか?

Step 3(δの決定):もし $|x - 1| < \delta$ なら、$|2x - 2| = 2|x-1|$ はどう評価される?

Step 4(δとεの関係):$2|x-1| < 2\delta$ が $\varepsilon$ 以下になるには、$\delta$ をどう選べばいい?

問題2

$\displaystyle \lim_{x \to 0} x^3 = 0$ をε-δ論法で証明せよ。

💡 ヒント

Step 1:$f(x) = x^3$, $a = 0$, $L = 0$ と特定。

Step 2(予備計算):$|x^3 - 0| = |x^3| = |x|^3$ となることに注目。

Step 3(δの決定):$|x|^3 < \varepsilon$ となるには、$|x|$ がどの値より小さければいい?($|x| < \sqrt[3]{\varepsilon}$ のような形を目指す)

Step 4(複雑な場合への対応):この問題は例題2(2次関数)とは異なり、$\delta = \sqrt[3]{\varepsilon}$ で直接対応できる。min()を使う必要があるか考えてみよう。

問題3

$\displaystyle \lim_{n \to \infty} \dfrac{n}{n^2 + 1} = 0$ をε-N論法で証明せよ。

💡 ヒント

Step 1:$a_n = \dfrac{n}{n^2+1}$, $L = 0$ と特定。

Step 2(予備計算):$\left|\dfrac{n}{n^2+1} - 0\right| = \dfrac{n}{n^2+1}$ と単純化。さらに $n^2 + 1 > n^2$ なので、$\dfrac{n}{n^2+1} < \dfrac{n}{n^2} = \dfrac{1}{n}$ と評価できる。

Step 3(Nの決定):$\dfrac{1}{n} < \varepsilon$ となるには、$n > \dfrac{1}{\varepsilon}$ であればよい。

Step 4(アルキメデスの性質):「任意の $\varepsilon > 0$ に対して、$N > \dfrac{1}{\varepsilon}$ となる自然数 $N$ が存在する」という性質を使っている。これは暗黙の了解。

解答を見る

問題1の解答

任意の $\varepsilon > 0$ を取る。$\delta = \dfrac{\varepsilon}{2}$ とする。

$0 < |x - 1| < \delta$ のとき

\begin{align} |(2x - 3) - (-1)| &= |2x - 2| \\ &= 2|x - 1| \\ &< 2 \cdot \dfrac{\varepsilon}{2} \\ &= \varepsilon \end{align}

$\square$

問題2の解答

任意の $\varepsilon > 0$ を取る。$\delta = \min(1, \sqrt[3]{\varepsilon})$ とする。

$0 < |x - 0| < \delta$ のとき、$|x| < 1$ かつ $|x| < \sqrt[3]{\varepsilon}$ なので

\begin{align} |x^3 - 0| &= |x|^3 \\ &< (\sqrt[3]{\varepsilon})^3 \\ &= \varepsilon \end{align}

$\square$

問題3の解答

任意の $\varepsilon > 0$ を取る。$N > \dfrac{1}{\varepsilon}$ となる $N$ を選ぶ。

$n > N$ のとき、$n^2 + 1 > n^2 > n$ なので

\begin{align} \left|\dfrac{n}{n^2 + 1} - 0\right| &= \dfrac{n}{n^2 + 1} \\ &< \dfrac{n}{n^2} \\ &= \dfrac{1}{n} \\ &< \dfrac{1}{N} \\ &< \varepsilon \end{align}

$\square$

教育者向け:他の数学トピックへの適用テンプレート

このページの構成が使える他のトピック

このε-δ論法のページで使った教育的な工夫は、他の数学的に抽象的なトピックにも応用できます。以下は実際に適用できる例です:

① 線形代数:固有値・固有ベクトルの厳密な定義

固有値・固有ベクトルは「具体的な行列での計算」と「一般的な定義」のギャップが大きい。

短期改善(動機付け)
  • なぜ固有値が重要か(行列のべき計算、微分方程式、安定性)
  • 具体例での直感的理解と代数的計算の違い
  • よくある誤解:「すべての行列が固有値を持つ」(複素数範囲なら真)
中期改善(概念の架橋)
  • 特性多項式との関係テーブル
  • 相似変換と固有値の不変性
  • 複素数と実固有値、重複度の意味

② 微分方程式:解の存在と一意性

「解が存在するか」「複数の解があるか」の判定は、数値計算や理論構築に不可欠。

短期改善(反例の活用)
  • 解がない例:$\dfrac{dy}{dx} = \sqrt{y}$,$y(0) = 0$ は解なし(実際は複数解)
  • 一意でない例を図示(二重性の見える化)
  • 連続性・Lipschitz条件の役割
中期改善(定理の理解)
  • Picard-Lindelöf定理の必要条件
  • 大域的vs局所的解の存在
  • 力学系における構造安定性

③ 実解析:測度とLebesgue積分

Riemann積分からLebesgue積分への移行は、抽象性が急に高まる。

短期改善(動機付けと限界)
  • Riemann積分の限界例(Dirichlet関数、不連続点が多い関数)
  • 可算無限個の点での値変更は和に影響しない(直感)
  • 測度0の集合の意味
中期改善(新概念の説明)
  • σ-加法族と可測集合の段階的理解
  • 測度関数の必要条件(加法性、単調性)
  • 収束定理(支配収束、単調収束)の必要性

このテンプレートの共通要素

  1. 動機付けフェーズ: 「なぜこの概念が必要か」を具体例で示す
  2. 直感と形式のギャップ認識: 「こう思いたくなるが、実は違う」という誤解を明示
  3. 反例と限界事例: 「いつ従来の方法が失敗するか」を示す
  4. 段階的な理論構築: 短期→中期→長期で理解度を深める
  5. 視覚化と表形式: 抽象的な概念を比較表やカードで具体化
  6. 練習問題とヒント: 受動的理解から能動的習得へ
  7. 発展的トピック: より深い理論への橋渡し

このページ自体が実例

このε-δ論法のページは、上記のすべてのテンプレート要素を実装しています:

  • ✓ 動機付け:sin(1/x)での直感的定義の失敗
  • ✓ ギャップ認識:「いつδが存在できないか」の詳細例
  • ✓ 反例:δ選択の落とし穴(Mistake 4,5)
  • ✓ 段階的構築:限界→ε-δ定義→連続性→一様連続性
  • ✓ 視覚化:テンプレートカードと比較表
  • ✓ 練習問題:ヒント付きの3つの問題
  • ✓ 発展:一様連続性への架橋