定規とコンパスで作れる図形・作れない図形 ― 三大作図問題の物語
What Ruler and Compass Can and Cannot Build
読み物
目盛りのない定規と、一本のコンパス。たったこれだけの道具で、古代ギリシャの数学者たちは驚くほど多くの図形を描いてみせた。線分を二等分する、角を二等分する、正三角形や正六角形を作る ―― どれも美しく、無駄がない。
ところが、いくつかの問いの前で彼らは立ち止まった。「角を三等分せよ」。二等分があんなに簡単なのだから、三等分もできそうなものだ。だが誰も成功しなかった。二千年もの間。そして十九世紀、ようやく決着がつく。それは「うまい方法が見つかった」ではなく、「そもそも不可能だ」という、まったく予想外の結末だった。この記事では、道具の限界を見きわめるという数学の冒険を眺めてみたい。
作図というゲームのルール
まず、ルールをはっきりさせておこう。許されるのはたった二つの動作だけだ。定規で二点を結んで直線を引くこと、そしてコンパスで与えた中心と半径の円を描くこと。定規に目盛りはなく、長さを測ることはできない。新しい点として認められるのは、いま引いた線どうしの交点 ―― 直線と直線、直線と円、円と円が交わる点 ―― に限られる。
この厳しい縛りのなかで、どこまで描けるか。それが古代ギリシャ以来の「作図」という名のゲームだった。ユークリッド幾何学の『原論』も、第一巻の冒頭からこの作図で議論を組み立てている。図形を「ある」と言うだけでなく、ルールに従って実際に「作れる」ことを示す ―― それが彼らの誠実さだった。
落とせなかった三つの砦
ルールに慣れると、たいていの図形は作れてしまう。だがどうしても落とせない問題が三つ残った。後に「ギリシャの三大作図問題」と呼ばれる難問である。
一つめは角の三等分。与えられた角を、定規とコンパスだけで三等分せよ。二つめは立方体倍積(デロスの問題)。与えられた立方体のちょうど二倍の体積を持つ立方体の一辺を作図せよ。三つめは円積問題。与えられた円とちょうど同じ面積を持つ正方形を作図せよ。
どれも言葉にすれば子どもにも分かる。にもかかわらず、二千年のあいだ誰一人として正しく解けなかった。挑戦者は数知れず、そのたびに「解けた」という主張が現れては、誤りが見つかった。問題そのものが、何か根本的なところで人を拒んでいるかのようだった。
ひとくちメモ:デロスの祭壇
立方体倍積問題には伝説がある。古代ギリシャのデロス島で疫病が流行ったとき、神託が「祭壇を倍の大きさにせよ」と告げた。島の人々は祭壇の各辺を二倍にしたが、それでは体積は八倍になってしまう。本当に体積だけを二倍にするには、一辺を $\sqrt[3]{2}$ 倍しなければならない ―― この立方根こそ、定規とコンパスを最後まで拒んだ数だった。疫病はおさまらず、人々は数学者プラトンに相談した、という話が残っている。
図形の問題を「数」の問題に翻訳する
突破口は、図形をそのままにらむのをやめて、座標で考えることだった。作図のスタート地点に長さ $1$ の線分を置き、平面に座標を入れる。すると「作図でどんな点が作れるか」という問いは、「どんな数(座標)が作れるか」という問いに置き換わる。
ここで決定的な観察が効いてくる。定規で直線を引くのは一次方程式を解くこと、コンパスで円を描くのは二次方程式を解くことに対応する。直線どうし・直線と円・円どうしの交点を求める計算をたどると、新しく得られる長さは、いまある長さに足し算・引き算・掛け算・割り算、そして平方根を有限回ほどこしたものに限られると分かる。
こうして得られる数を作図可能数という。つまり作図のゲームで到達できるのは、$1$ から出発して四則演算と $\sqrt{\phantom{x}}$ だけで書ける数の世界なのだ($\sqrt{2+\sqrt{3}}$ のように、平方根は何段でも入れ子にしてよい)。図形の「作れる・作れない」が、数の「この形で書ける・書けない」に翻訳された瞬間である。これは初級で学ぶ変換や座標の発想と地続きの考え方だ。
「不可能」を証明するということ
翻訳が済めば、勝負は代数の土俵に移る。一般の角を三等分する問題は、三角関数の公式を経由すると、ある三次方程式を解くことに行き着く(たとえば $60°$ の三等分は $\cos 20°$ を作図することに等しく、この $\cos 20°$ は $8x^3 - 6x - 1 = 0$ という三次方程式の解である)。立方体倍積も $x^3 = 2$ という三次方程式だ。ところが、平方根だけを組み合わせて作れる数は、いわば「二の累乗の階段」でしか広がらない。三次方程式の解は、一般にはこの階段からはみ出してしまう ―― 平方根の有限回の組み合わせでは決して書けないのである。
この事実を厳密に示したのが、一八三七年、ピエール・ワンツェルだった。彼は角の三等分と立方体倍積が作図可能数の世界に収まらないことを代数的に証明し、二千年の問いに「できない」という形で終止符を打った。円積問題はさらに手強く、円周率 $\pi$ が四則演算と平方根どころか、どんな代数方程式の解にもならない特別な数(超越数)であることをリンデマンが示して、これも不可能と確定した。
「やり方が見つからない」と「やり方が存在しない」はまるで違う。後者を言い切るには、すべての可能な手順をまとめて封じる論理がいる。三大作図問題の解決は、不可能性そのものを証明できるという、数学の力強さを世に示した出来事だった。
ひとくちメモ:作れる正多角形・作れない正多角形
同じ代数の視点は、明るい発見ももたらした。十九歳のガウスは、定規とコンパスで正十七角形が作図できることを発見し、生涯の誇りにした。どの正多角形が作図できるかは、頂点の数を素因数分解したときの形できれいに決まる。正三角形・正五角形・正十五角形は作れるが、正七角形や正九角形は作れない。「できる」と「できない」の境界線が、整数の性質という意外な場所に引かれているのだ。
結び ― 道具の限界を知るということ
定規とコンパスで何が作れて何が作れないか。その境界線は、コンパスの使い方の巧拙ではなく、「四則演算と平方根で書ける数」という代数の世界の輪郭そのものだった。図形の問いを数の言葉に翻訳したとき、二千年びくともしなかった砦が、すっと姿を現したのである。
この決着が残したものは、三つのパズルの答えだけではなかった。数学者たちはこれを境に、「どの図形が描けるか」ではなく「どんな数が作れるか」を問うようになる。幾何の問いが代数の言葉へ翻訳され、離れた分野を橋渡しして難問に迫るという、現代数学を貫く発想の原型がここに生まれた。三大作図問題は、単なる古代のなぞなぞではなく、数学の考え方そのものを一段押し広げた事件だったのである。
道具の限界を知ることは、敗北ではない。むしろ「何ができないか」をはっきりさせることで、図形と数と方程式が一本につながり、見晴らしのよい風景が開ける。前提や枠組みを問い直すと新しい世界が広がるという点では、平行線のもう一つの結末とも響き合う物語だ。図形を別の枠組みで捉え直す話は、この先の中級でさらに深まっていく。
よくある質問
定規とコンパスによる作図とは何か
目盛りのない定規(2点を結ぶ直線を引く道具)と、コンパス(与えられた中心と半径で円を描く道具)だけを使い、有限回の操作で図形を描くことです。古代ギリシャ以来の伝統的なルールで、許されるのは直線どうし・直線と円・円どうしの交点を新しい点として取ることだけです。
なぜ角の三等分は定規とコンパスではできないのか
作図でできるのは、与えられた長さに四則演算と平方根を有限回ほどこして得られる「作図可能数」だけだからです。一般の角を三等分するには三次方程式を解く必要があり、その解は平方根の組み合わせでは表せません。19世紀にワンツェルがこの代数的な事実を証明し、三等分の不可能性が確定しました。特別な角(90°など)は三等分できますが、一般の角はできません。
定規に目盛りがないのはなぜか
目盛りがあれば長さを直接測れてしまい、直線と円の交点だけで図形を組み立てるという作図本来の制約が崩れるからです。実際、目盛り付きの定規を許すと(アルキメデスのネウシス作図のように)一般の角の三等分もできてしまいます。あくまで目盛りのない定規とコンパスという縛りの中で何が可能かを問うのが、この古代以来のゲームです。
すべての正多角形が定規とコンパスで作図できるか
いいえ、作れない正多角形もあります。正 $n$ 角形が作図できるのは、$n$ が $2$ の累乗と相異なるフェルマー素数($3, 5, 17, 257, 65537$)の積で表せるとき、かつそのときに限ります(ガウス–ワンツェルの定理)。そのため正三角形・正五角形・正十七角形は作れますが、正七角形や正九角形は作れません。