ユークリッド幾何学

公理に基づく演繹的幾何学

このページの目標

ユークリッド幾何学の公理系を理解し、合同・相似の概念を厳密に学ぶ。公理から定理を導く演繹的推論の方法を身につける。

1. ユークリッドの公理

ユークリッド幾何学とは、平面や空間の図形を、少数の公理(公準)に基づく論理だけで扱う古典的な幾何学である。中学・高校で学ぶ図形の性質のほとんどは、この枠組みに属する。座標や計算を前面に出す解析幾何学とは対照的に、作図と論証によって図形の性質を一つずつ導いていく。

ユークリッドは『原論』第1巻の冒頭で、5つの公準(要請, postulates)と5つの共通概念(common notions)を基礎に平面幾何学を構築した。以下に挙げるのはそのうちの5公準(第1巻 公準1〜5)である。

ユークリッドの5公準(『原論』第1巻 公準1〜5)
  1. 任意の2点を結ぶ直線を引くことができる
  2. 線分を任意の長さに延長できる
  3. 任意の点を中心として任意の半径の円を描ける
  4. すべての直角は互いに等しい
  5. 平行線公準:直線外の1点を通り、その直線に平行な直線はただ1本存在する
P m ℓ ∥ m
図1. 平行線公準。直線 $\ell$ 外の点 $P$ を通り $\ell$ に平行な直線は $m$ のただ $1$ 本に限る。

第5公準は他の公準から独立であり、これを否定すると非ユークリッド幾何学が得られる。たとえば双曲幾何学では直線外の1点を通る平行線が無数に存在し、楕円幾何学では平行線が1本も存在しない。

用語・記述についての注記。

  • 公準と公理(共通概念)の区別:『原論』では、幾何に固有の要請である公準(postulates)と、量一般に関する共通概念(common notions, たとえば「同じものに等しいもの同士は互いに等しい」)を明確に区別している。日本語では両方をまとめて「公理」と呼ぶことも多いが、本来は別のものである。
  • 第5公準の記述形:上に挙げた「点を通る平行線はただ1本」という形は、ユークリッド自身の第5公準そのものではなく、それと同値なプレイフェアの公理(J. Playfair, 1795)である。原論の原文は「2直線に交わる1直線が作る同側内角の和が2直角より小さいとき、その側で2直線は交わる」という交点の存在を述べる形になっている。

2. 三角形の合同

定義:合同

2つの図形が合同であるとは、一方を平行移動・回転・鏡映(裏返し)(合わせて合同変換)によって他方にぴったり重ね合わせられること。

記号:$\triangle ABC \cong \triangle DEF$

※ 「合同」という語や「移動して重ねる」という言い回しは現代教科書のスタイルである。『原論』にこの語はなく、命題4では図形を実際に重ね合わせる操作(重ね合わせの原理, superposition)によって辺・角が「等しい」ことを示している。

定理:三角形の合同条件

次のいずれかが成り立てば、2つの三角形は合同:

  1. SSS:3辺がそれぞれ等しい(『原論』第1巻 命題8)
  2. SAS:2辺とその間の角がそれぞれ等しい(第1巻 命題4)
  3. ASA:1辺とその両端の角がそれぞれ等しい(第1巻 命題26。同命題は AAS も含む)

※ 中学・高校では、これらに AAS(2角と対辺。第1巻 命題26 に含まれる)と、直角三角形に固有の 斜辺と他の1辺(HS。残りの辺は三平方の定理で定まる)を加えた5つを合同条件として教わることが多い。上の SSS・SAS・ASA がその基本形である(末尾の「よくある質問」も参照)。

a b c SSS SAS ASA
図2. 三角形の合同条件。SSS(3辺)・SAS(2辺と挟角)・ASA(1辺と両端の角)のいずれかが成り立てば合同が定まる。太い色付きの辺が、その条件で相等を仮定する「注目する辺」を表す(弧は注目する角)。

証明の考え方(SAS=命題4)と「重ね合わせ」

『原論』第1巻 命題4(SAS)の証明は、一方の三角形 $\triangle ABC$ を動かして他方 $\triangle DEF$ に重ね合わせることから始まる。点 $A$ を $D$ に、辺 $AB$ を $DE$ に合わせると、$AB=DE$ かつ $\angle A=\angle D$ なので $B$ は $E$ に一致し、辺 $AC$ は $DF$ の向きに重なる。$AC=DF$ だから $C$ は $F$ に一致し、したがって $BC$ と $EF$ も重なって、2つの三角形は完全に一致する。$\square$

※ この「重ね合わせ(superposition)」は、図形を動かしても形と大きさが変わらないことを暗黙に仮定しており、公準として明示されていない。この弱点は後にヒルベルト(1899, 『幾何学基礎論』)が合同を独立した公理として立て直すことで解消された。SSS(命題8)・ASA(命題26)はこの命題4を土台に証明される。

3. 三角形の相似

定義:相似

2つの図形が相似であるとは、一方を拡大または縮小して合同にできること。

記号:$\triangle ABC \sim \triangle DEF$

※ この「拡大・縮小して合同にできる」という言い回しは現代教科書のスタイルである。『原論』第6巻 定義1では、相似な図形を「対応する角がそれぞれ等しく、対応する辺が比例する」ものとして定義しており、拡大・縮小(相似変換)の言葉は用いない。

定理:三角形の相似条件
  1. SSS相似:3辺の比がすべて等しい(『原論』第6巻 命題5)
  2. SAS相似:2辺の比が等しく、その間の角が等しい(第6巻 命題6)
  3. AA:2角がそれぞれ等しい(第6巻 命題4)

※ 上から順に、合同条件の SSS・SAS・ASA と対応している(3辺の比/2辺の比と挟角/2角)。合同で「辺が等しい」ところが、相似では「辺の比が等しい」に置き換わる。

SSS SAS AA
図3. 三角形の相似条件。SSS相似(3辺の比)・SAS相似(2辺の比と挟角)・AA(2角が等しい)のいずれかが成り立てば、2つの三角形は相似になる。太い色付きの辺は比が等しいと仮定する辺、弧は等しいと仮定する角を表す(各パネルは 小さい三角形 ∼ 大きい三角形)。
定理:相似比と面積比(『原論』第6巻 命題19)

相似比が $k : 1$ のとき:

  • 対応する辺の比は $k : 1$
  • 面積比は $k^2 : 1$

※ 第6巻 命題19「相似な三角形は対応辺の2乗の比をなす」に対応する。

S k = 1 ×2 S S S S k = 2
図4. 相似比と面積比。相似比 $k=2$ で拡大すると、大きい三角形は元と合同な小三角形 $4$ 個に分割される。よって面積比は $k^2 = 4$ となる。

証明スケッチ(面積比=命題19)

相似比が $k:1$ の相似な三角形では、対応する角が等しいので、対応する底辺は $k$ 倍、その底辺への高さも $k$ 倍になる。三角形の面積は $\tfrac12\times{}$底辺${}\times{}$高さだから、面積は $k\times k=k^2$ 倍となる。$\square$

※ 図4のように相似比 $2$ の三角形が合同な $4$ 個に分割されることは、$k=2$ での $k^2=4$ を目で見た確認になっている。『原論』第6巻 命題19 は、座標を用いず面積の比の理論だけでこれを厳密に示す。

4. 円の性質

定理:円周角の定理(『原論』第3巻 命題20)

同じ弧に対する円周角は一定で、中心角の半分である。

$$\angle APB = \dfrac{1}{2} \angle AOB$$
O A B P θ
図5. 円周角の定理。同じ弧 $AB$ に対する円周角 $\angle APB=\theta$ は、中心角 $\angle AOB=2\theta$ のちょうど半分になる。

証明(円周角の定理=命題20)

中心 $O$ と円周上の点 $P$ を結ぶ直線を延長し、円と交わる点を $Q$ とする($PQ$ は直径)。

$OA=OP$(ともに半径)だから $\triangle OAP$ は二等辺三角形で、底角が等しく $\angle OPA=\angle OAP$。三角形の外角は隣り合わない2つの内角の和に等しいので、 $$\angle AOQ=\angle OPA+\angle OAP=2\,\angle OPA.$$ 同様に $OB=OP$ より $\triangle OBP$ も二等辺で $\angle BOQ=2\,\angle OPB$。

両者を足すと $$\angle AOB=\angle AOQ+\angle BOQ=2(\angle OPA+\angle OPB)=2\,\angle APB.$$ ゆえに $\angle APB=\tfrac12\,\angle AOB$。$\square$

※ ここでは中心 $O$ が $\angle APB$ の内部にある場合を示した。$O$ が角の外部にある場合や辺上にある場合も、和のかわりに差をとる・一方の項が $0$ になるだけで、同じ結論が得られる。

O P Q A B
図6. 円周角の定理の証明。直径 $PQ$ をとると $\triangle OAP$・$\triangle OBP$ はともに二等辺三角形($OA=OB=OP=$ 半径)になり、外角の性質から $\angle AOB=2\,\angle APB$ が導かれる。
定理:接弦定理(『原論』第3巻 命題32)

円の接線と弦のなす角は、その弦に対する円周角に等しい。

O 接線 T B P α α
図7. 接弦定理。接点 $T$ での接線と弦 $TB$ のなす角 $\alpha$ は、反対側の弓形にある円周角 $\angle TPB=\alpha$ に等しい。

証明(接弦定理=命題32、円周角の定理から)

中心を $O$、半径を $r$ とする。$OT=OB=r$ より $\triangle OTB$ は二等辺で、中心角を $\angle TOB=\beta$ とおくと底角は $\angle OTB=90^\circ-\tfrac{\beta}{2}$。接線は接点での半径に垂直($\angle OTA=90^\circ$)だから、接弦角は $$\alpha=90^\circ-\angle OTB=90^\circ-\left(90^\circ-\tfrac{\beta}{2}\right)=\tfrac{\beta}{2}.$$ 一方、弦 $TB$ に対する反対側の弓形の円周角は、円周角の定理より $\angle TPB=\tfrac12\angle TOB=\tfrac{\beta}{2}$。ゆえに $\alpha=\angle TPB$。$\square$

この接弦定理の証明で見たように、円の性質の多くは円周角の定理を出発点として導かれる。円周角と中心角の関係が、円をめぐる定理の要である。

まとめ

この章のポイント

  • 5公準:ユークリッド幾何学の基礎(特に平行線公準)
  • 合同条件:SSS, SAS, ASA
  • 相似条件:AA, SAS相似, SSS相似
  • 円周角の定理:同じ弧に対する円周角は一定

よくある質問

ユークリッド幾何学の公理(公準)とは何か?

ユークリッドは『原論』で5つの公準(①2点を結ぶ直線が存在する、②線分は延長できる、③任意の円が存在する、④直角はすべて等しい、⑤平行線公準)を基礎として幾何学を体系化した。第5公準の独立性から非ユークリッド幾何学(双曲・楕円)が生まれた。

三角形の5種の合同条件とはどれか?

SAS(2辺と挟角)・ASA(2角と挟辺)・AAS(2角と対辺)・SSS(3辺)・HS(直角三角形の斜辺と他の1辺)の5条件である。これらが成り立つとき2つの三角形は合同(等積・等形)となる。SSA は一般には合同条件にならず(直角の場合のみ例外)、「あいまいケース」として知られる。

ユークリッド幾何学と解析幾何学の違いは何か?

ユークリッド幾何学は作図・公理・論理証明による合成的な手法を用いる。解析幾何学(デカルト)は座標系を導入し、図形を方程式で表現して代数的に扱う。両者は等価だが、解析幾何学は高次元化・一般化が容易で、現代数学・物理の計算に不可欠である。

プレイフェアの公理とは何か?

「直線外の1点を通り、その直線に平行な直線はただ1本だけ存在する」という主張で、ユークリッドの第5公準(平行線公準)と同値な命題である。18世紀の数学者ジョン・プレイフェアにちなむ。現代の教科書で平行線公準として紹介されるのは、多くの場合この形である。

なぜ SSA は三角形の合同条件にならないのか?

2辺と、その間にない角(SSA)が等しくても、三角形は1通りに定まらないことがある。与えられた角の頂点から対辺を定めるとき、辺の交わり方が2通りありうるため、同じ条件を満たす形の異なる三角形が2つできる場合がある(あいまいケース)。ただし、その角が直角または鈍角のときは1通りに定まり、直角の場合が直角三角形の合同条件(斜辺と他の1辺, HS)にあたる。