第1章: リーマン幾何学
曲がった空間の微分幾何学
このページの目標
レヴィ・チヴィタ接続と曲率テンソルを詳しく学ぶ。ヤコビ場、比較定理など、リーマン幾何学の中心的概念を理解する。
リーマン幾何学とは、曲がった空間の各点に内積(リーマン計量)を与え、その上で距離・角度・曲率・測地線(最短経路)を内在的に定義する微分幾何学の分野である。ユークリッド幾何学を曲面や多様体へ一般化したものであり、一般相対論の数学的基礎でもある。以下ではその中核をなす接続・曲率・ヤコビ場・比較定理を順に見ていく。
1. レヴィ・チヴィタ接続
リーマン多様体 $(M, g)$ に対して、次を満たす接続 $\nabla$ が一意に存在する:
- 捩れなし:$\nabla_X Y - \nabla_Y X = [X, Y]$
- 計量整合:$X g(Y, Z) = g(\nabla_X Y, Z) + g(Y, \nabla_X Z)$
ベクトル場 $Y$ の $X$ 方向の共変微分:
$$\nabla_X Y = \displaystyle\sum_k \left( X(Y^k) + \displaystyle\sum_{i,j} \Gamma^k_{ij} X^i Y^j \right) \dfrac{\partial}{\partial x^k}$$平坦な空間なら、離れた2点のベクトルは成分をそのまま引き算して比較できる。しかし曲がった空間では、座標の基底ベクトル $\partial/\partial x^k$ 自体が点ごとに向きを変えてしまう。共変微分はこの基底の変化分をクリストッフェル記号 $\Gamma^k_{ij}$ で補正し、「ベクトル場が純粋に変化した分」だけを取り出す。$\nabla_X Y = 0$ は「$Y$ が $X$ 方向に平行に保たれている」ことを意味し、これが平行移動の定義になる。
レヴィ・チヴィタ接続は計量 $g_{ij}$ から一意に定まる:
$$\Gamma^k_{ij} = \frac{1}{2} \sum_l g^{kl}\left( \frac{\partial g_{jl}}{\partial x^i} + \frac{\partial g_{il}}{\partial x^j} - \frac{\partial g_{ij}}{\partial x^l} \right)$$ここで $g^{kl}$ は計量テンソル $g_{ij}$ の逆行列。捩れなし・計量整合の2条件からこの表式が一意に導かれる。
平面を極座標 $(r, \theta)$ で表すと計量は $ds^2 = dr^2 + r^2\, d\theta^2$、すなわち $g_{rr}=1,\ g_{\theta\theta}=r^2,\ g_{r\theta}=0$、逆計量は $g^{rr}=1,\ g^{\theta\theta}=1/r^2$。微分は $\partial_r g_{\theta\theta} = 2r$ のみが非零なので、
$$\Gamma^r_{\theta\theta} = -\tfrac{1}{2} g^{rr}\,\partial_r g_{\theta\theta} = -r,\qquad \Gamma^\theta_{r\theta} = \Gamma^\theta_{\theta r} = \tfrac{1}{2} g^{\theta\theta}\,\partial_r g_{\theta\theta} = \frac{1}{r}$$他の成分はすべて $0$。平面は平坦なのにクリストッフェル記号は消えない — これは空間の曲がりではなく「曲線座標のゆがみ」を表す。実際、次節の曲率テンソルを計算するとすべて $0$ になり、平面が平坦であることが確認できる。
接続が定まると、曲線に沿ってベクトルを運ぶ平行移動が定義できる。運ぶ接ベクトルを $V$、曲線を $\gamma$、その接線(速度ベクトル)を $\gamma'$ と書くと、$V$ は $\nabla_{\gamma'} V = 0$ を満たしながら運ばれる。ここで「平行」とは曲面に対して回転しない(曲面上の住人から見て常に同じ向きを指す)という意味で、平面上なら向きを変えずに運ぶ通常の平行移動と一致する。ただし曲面が曲がっていると接平面そのものが傾くため、外側の3次元空間から眺めると $V$ は少しずつ向きを変えていくように見える。この「見かけの回転」こそが曲率の現れである(下図)。
$V$
$\gamma'$
$\gamma$
2. 曲率テンソルの性質
2階の共変微分は一般に交換しない。そのズレ $\nabla_X\nabla_Y - \nabla_Y\nabla_X - \nabla_{[X,Y]}$ が曲率 $R(X,Y)$ である。幾何学的には次の通り。図1では開いた曲線に沿って $V$ を運んだが、ここでは同じ接ベクトル $V$ を、点 $P$ を通る閉曲線に沿って一周だけ平行移動して $P$ に戻す。戻ってきたベクトルを $V'$ とすると、曲がった空間では $V'$ は元の $V$ から角 $\Delta\theta$ だけ回転しており(ホロノミー)、その回転角 $\Delta\theta$ が閉曲線に囲まれた領域の曲率の総和に等しい。曲率がゼロなら回転もゼロ — 平坦空間では平行移動は経路によらない(下図)。
$V$
$V'$
$P$
$\Delta\theta$
閉曲線に沿った平行移動は接平面の回転なので、一周して戻ったベクトルは $V' = R_{\Delta\theta}\,V$ であり、長さは変わらない($|V'|=|V|$)。したがって図で $V$(出発)と $V'$(一周後)が作る角がそのまま回転角になり、
$$\Delta\theta = \cos^{-1}\!\frac{\langle V',\,V\rangle}{|V'|\,|V|} = \iint_\Sigma K\, dA$$左の等号は「$V'$ は $V$ を $\Delta\theta$ だけ回した向き」という幾何的事実、右の等号は局所ガウス・ボンネの定理(回転角 = 囲まれた領域の総曲率)である。ただし $\cos^{-1}$ は値を $[0,\pi]$ に返すので、この一致がそのまま成り立つのは $0 \le \Delta\theta \le \pi$ のとき。総曲率が大きく $\Delta\theta$ が $\pi$ を超える場合や、回転の向き(符号)まで込めて考える場合は、$\iint_\Sigma K\,dA$ の方が完全な情報をもつ($\cos^{-1}$ は主値に折り返される)。
- $R(X, Y) = -R(Y, X)$
- $g(R(X, Y)Z, W) = -g(R(X, Y)W, Z)$
- $g(R(X, Y)Z, W) = g(R(Z, W)X, Y)$
- ビアンキ恒等式:$R(X, Y)Z + R(Y, Z)X + R(Z, X)Y = 0$
2次元部分空間 $\sigma = \text{span}\{X, Y\}$ の断面曲率:
$$K(\sigma) = \dfrac{g(R(X, Y)Y, X)}{g(X, X)g(Y, Y) - g(X, Y)^2}$$接空間の中で2次元平面 $\sigma$ を選ぶと、その方向へ張られる測地線が作る曲面の(ガウス)曲率が $K(\sigma)$。符号が幾何を決める:$K>0$ は球面的(測地線は収束し、測地三角形の内角和は $\pi$ より大きい)、$K=0$ は平坦、$K<0$ は双曲的(測地線は発散し、内角和は $\pi$ 未満)。
内角和 $ > \pi$(球面)
内角和 $ = \pi$(平面)
内角和 $ < \pi$(双曲面)
半径 $r$ の球面 $S^2_r$ は、どの2次元方向にも一定の断面曲率 $K = 1/r^2$ をもつ。半径が大きいほど曲率は小さく、$r\to\infty$ で平面($K\to 0$)に近づく。一方、双曲平面 $\mathbb{H}^2$ は $K=-1$ の定曲率空間である。これら3種 — 球面($K>0$)・ユークリッド平面($K=0$)・双曲平面($K<0$)— が定曲率空間の代表であり、図3の3つの三角形にそれぞれ対応する。
3. ヤコビ場
測地線の変分から生じるベクトル場 $J$ で、ヤコビ方程式:
$$\nabla_{\gamma'}^2 J + R(J, \gamma')\gamma' = 0$$を満たすものをヤコビ場という。
1点から少しずつ方向を変えて測地線を放つと、それらは離れたり再び集まったりする。隣り合う測地線の隔たりを測るのがヤコビ場 $J$ で、その増減はヤコビ方程式が支配する。2次元では方程式は $J'' + K J = 0$ の形になり、断面曲率 $K$ がばね定数の役割を果たす。$K>0$ なら $J$ は振動して再び $0$ に戻り(共役点=測地線の再集結)、$K<0$ なら指数的に発散する。
$p$
$q$
基準測地線 $\gamma$
隣の測地線
$J(t)$
ヤコビ場 $J \neq 0$ で $J(0) = 0$, $J(t_0) = 0$ となる $t_0 > 0$ を共役点という。
共役点より先では測地線は最短でなくなる。
単位球面 $S^2$($K=1$)では、大円に沿ったヤコビ方程式は $J'' + J = 0$。$J(0)=0$ を満たす解は $J(t) = \sin t$ で、$t = \pi$ で再び $0$ になる。すなわち北極から出た測地線(子午線)は距離 $\pi$ の対蹠点(たいせきてん:球面上で中心をはさんで正反対にある点。北極に対する南極)で再び交わり、そこが共役点である。半径 $r$ の球面なら共役点までの距離は $\pi r$(対蹠点)。測地線が広がって共役点で再び集まる様子そのものは図4のレンズ形の通りである(図4は $p,q$ を見やすくするため扁平な回転面で描いている)。
4. 比較定理
リッチ曲率 $\text{Ric} \geq (n-1)\kappa > 0$ ならば、$M$ はコンパクトで
$$\text{diam}(M) \leq \dfrac{\pi}{\sqrt{\kappa}}$$リッチ曲率が正の下限をもつと、どの方向に伸ばした測地線も有限距離で必ず共役点に達し、それ以上は最短でなくなる。だから多様体は無限に広がれず、直径が $\pi/\sqrt{\kappa}$ で抑えられてコンパクトになる。曲率が「測地線を引き戻す復元力」として働くイメージで、前節のヤコビ方程式 $J''+KJ=0$ の振動(再集結)がその本質である。
半径 $r$ の球面 $S^2$ は $\mathrm{Ric} = (n-1)/r^2$($n=2$)、つまり $\kappa = 1/r^2$。ボンネ・マイヤースの上限は $\mathrm{diam} \le \pi/\sqrt{\kappa} = \pi r$。実際の球面の直径(大円の半分の長さ)はちょうど $\pi r$ で、等号が成立する。球面は比較定理の等号ケースの典型例である。
コンパクト2次元リーマン多様体 $M$ に対して:
$$\displaystyle\int_M K\, dA = 2\pi \chi(M)$$ガウス・ボンネの定理は、局所的な曲がり $K$ を全体で積分すると、その総和が曲面の位相(オイラー標数 $\chi$)だけで決まると主張する。どんなに凸凹に変形しても総曲率は不変。球面は $\chi=2$ で $\int K\,dA = 4\pi$、トーラス(浮き輪)は $\chi=0$ で $\int K\,dA = 0$ — 外側の正の曲率と内側(穴の側)の負の曲率がちょうど打ち消し合う。
$K>0$
$\int K\,dA = 4\pi$
$K>0$
$K \lt 0$
$\int K\,dA = 0$(正+負が相殺)
ガウス・ボンネの定理を測地三角形に適用すると、内角の和と $\pi$ の差(角超過)が内部の総曲率に等しい:
$$(\alpha+\beta+\gamma) - \pi = \iint_{\triangle} K\, dA$$単位球面上で三辺がすべて直角に交わる三角形(八分の一球面)を考えると $\alpha=\beta=\gamma=\pi/2$ なので角超過は $3\cdot\tfrac{\pi}{2}-\pi = \tfrac{\pi}{2}$。面積も球面全体 $4\pi$ の $1/8$ で $\tfrac{\pi}{2}$、$K=1$ だから右辺も $\tfrac{\pi}{2}$ となり両辺が一致する。図3の $K>0$ の三角形(内角和 $>\pi$)を定量化したものである。
まとめ
この章のポイント
- レヴィ・チヴィタ接続:捩れなし + 計量整合
- 曲率テンソル:平行移動のパス依存性
- ヤコビ場:測地線の変分、共役点
- 比較定理:曲率の符号から大域的性質を導く
本稿は上級幾何学の各分野を一望する概説である。ここで扱った接続・曲率・ヤコビ場・比較定理を、リーマン計量から測地線・指数写像・曲率テンソルへと章立てでより深く学ぶには、微分幾何学コースへ進むとよい。
よくある質問
リーマン幾何学とはどのような分野か?
リーマン幾何学は、各点での内積(リーマン計量)が与えられた多様体(リーマン多様体)を研究する微分幾何学の分野である。距離・角度・曲率・測地線(最短経路)を内在的に定義でき、一般相対性理論の数学的基盤となっている。
レビ=チビタ接続とは何か?
リーマン多様体上の標準的な(対称で計量適合な)共変微分である。「平行移動」を定義し、測地線を加速度ゼロの曲線として特徴付ける。クリストッフェル記号 $\Gamma^k_{ij}$ によって局所座標で表され、リーマン曲率テンソルの計算に使われる。
リーマン曲率テンソルとセクショナル曲率の関係は何か?
リーマン曲率テンソル $R^l{}_{kij}$ はリーマン多様体の曲がりを記述する $(1,3)$ 型テンソルである。セクショナル曲率 $K(\sigma)$ は接空間内の2次元部分空間 $\sigma$ の切断曲率で、テンソルの特定の収縮で与えられる。定曲率空間(球・双曲空間・平坦空間)はセクショナル曲率が一定の特殊ケースである。