第2章 背理法
難易度: 初級
2.1 背理法とは
定義:背理法
背理法(proof by contradiction)とは、証明したい命題の否定を仮定し、そこから矛盾を導くことで、元の命題が真であることを示す証明方法である。
別名「矛盾による証明」「帰謬法」ともいう。
2.2 背理法の原理
なぜ背理法は正しいのか
背理法の正当性は以下の論理法則に基づいています:
排中律(Law of Excluded Middle)
任意の命題 $P$ に対して、$P \lor \lnot P$ は真である。
すなわち、$P$ は真か偽かのどちらかであり、第三の可能性はない。
背理法の論理構造
- $\lnot P$ と仮定する
- $\lnot P$ から矛盾($Q \land \lnot Q$ のような形)を導く
- 矛盾は起こりえないので、仮定 $\lnot P$ が誤り
- 排中律より、$P$ が真
矛盾とは
矛盾とは、同じ命題 $Q$ について「$Q$ かつ $\lnot Q$」が成り立つ状況のことである。
例:「$n$ は偶数」かつ「$n$ は偶数でない」
2.3 例題1:√2 は無理数
定理
$\sqrt{2}$ は無理数である。
証明の前に
- 無理数:分数で表せない数(有理数でない数)
- 有理数:$\dfrac{p}{q}$($p, q$ は整数、$q \neq 0$)と表せる数
- 既約分数:分子と分母が互いに素な分数
証明(背理法)
Step 1:背理法の仮定を置く。
$\sqrt{2}$ が有理数であると仮定する。
Step 2:仮定を式で表す。
有理数の定義より、互いに素な整数 $p, q$($q \neq 0$)を用いて
$$\sqrt{2} = \dfrac{p}{q}$$と書ける(既約分数で表せる)。
Step 3:両辺を2乗する。
$$2 = \dfrac{p^2}{q^2}$$両辺に $q^2$ を掛けて整理すると
$$p^2 = 2q^2 \quad \cdots (*)$$Step 4:$p$ が偶数であることを示す。
$(*)$ より $p^2 = 2q^2$ なので、$p^2$ は偶数である。
ここで補題を使う:「$n^2$ が偶数ならば $n$ は偶数」(後述)
よって $p$ は偶数であり、ある整数 $k$ を用いて
$$p = 2k$$と書ける。
Step 5:$q$ も偶数であることを示す。
$p = 2k$ を $(*)$ に代入する:
\begin{align} (2k)^2 &= 2q^2 \\ 4k^2 &= 2q^2 \\ 2k^2 &= q^2 \end{align}よって $q^2$ は偶数なので、$q$ も偶数である。
Step 6:矛盾を指摘する。
$p$ も $q$ も偶数であることがわかった。
しかしこれは「$p$ と $q$ は互いに素」という Step 2 の仮定に矛盾する。
($p$ と $q$ がともに偶数なら、公約数 $2$ を持つ)
Step 7:結論を述べる。
矛盾が生じたので、最初の仮定「$\sqrt{2}$ が有理数」は誤りである。
よって $\sqrt{2}$ は無理数である。$\square$
補題:$n^2$ が偶数なら $n$ は偶数
補題の証明(対偶)
対偶「$n$ が奇数ならば $n^2$ は奇数」を示す。
$n$ を奇数とすると、ある整数 $m$ を用いて $n = 2m + 1$ と書ける。
\begin{align} n^2 &= (2m + 1)^2 \\ &= 4m^2 + 4m + 1 \\ &= 2(2m^2 + 2m) + 1 \end{align}$2m^2 + 2m$ は整数なので、$n^2$ は奇数である。
対偶が真なので、元の命題も真。$\square$
2.4 例題2:素数は無限にある
定理(ユークリッド)
素数は無限に存在する。
証明(背理法)
Step 1:背理法の仮定。
素数が有限個しかないと仮定する。
すべての素数を $p_1, p_2, \ldots, p_n$ とする。
Step 2:新しい数を構成する。
次の数 $N$ を考える:
$$N = p_1 \cdot p_2 \cdot p_3 \cdots p_n + 1$$(すべての素数の積に $1$ を足した数)
Step 3:$N$ の性質を調べる。
$N > 1$ なので、$N$ は素数であるか、または素因数を持つ。
Step 4:矛盾を導く。
任意の素数 $p_i$($i = 1, 2, \ldots, n$)について:
$$N = p_1 p_2 \cdots p_n + 1$$を $p_i$ で割ると、$p_1 p_2 \cdots p_n$ は $p_i$ で割り切れるから
$$N \equiv 1 \pmod{p_i}$$つまり $N$ を $p_i$ で割ると余り $1$ となる。
よって $N$ はどの $p_i$ でも割り切れない。
Step 5:矛盾を指摘する。
$N > 1$ なのに、$N$ はどの素数でも割り切れない。
これは「$1$ より大きい整数は素因数を持つ」という事実に矛盾する。
($N$ 自身が新しい素数であるか、リストにない素因数を持つ)
Step 6:結論。
矛盾が生じたので、「素数が有限個」という仮定は誤り。
よって素数は無限に存在する。$\square$
2.5 いつ背理法を使うか
背理法が有効な場面
- 否定の形の命題を示すとき(「〜でない」「〜は存在しない」)
- 直接証明が難しいとき
- 「無限に存在する」など、直接構成しにくい命題
背理法の注意点
注意
- 何を仮定したか明確にする(否定を正しく取る)
- 矛盾を明確に指摘する
- 直接証明できる場合は直接証明の方がわかりやすいことが多い
2.6 この章のまとめ
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 背理法とは | 命題の否定を仮定し、矛盾を導く証明法 |
| 原理 | 排中律($P$ か $\lnot P$ のどちらか) |
| 手順 | ①否定を仮定 → ②矛盾を導く → ③元の命題は真 |
| 使い所 | 否定形の命題、直接証明が困難な場合 |
次章の予告
次章では「対偶証明」を学ぶ。背理法と似ていますが、異なる強力な証明法である。
よくある質問
背理法とはどのような証明方法か。
証明したい命題 $P$ の否定 $\lnot P$ を仮定して矛盾を導くことで $P$ が真であることを示す方法である。命題が含意 $P\Rightarrow Q$ の形をしている場合は「$P$ かつ $\lnot Q$」と仮定する。直接的に結論を導きにくい場合に特に有効である。
背理法で注意すべきポイントは何か。
矛盾が「真に論理的な矛盾」であることを明確にすることである。「$A$ かつ $\lnot A$」や「$n$ が整数かつ非整数」のような形で矛盾を示し、最後に「これは矛盾である。よって命題が成り立つ」と結ぶ必要がある。
背理法と対偶証明の違いは何か。
対偶証明は「$\lnot Q \Rightarrow \lnot P$」を直接証明する手法で、構造がより明快である。背理法は「$P$ かつ $\lnot Q$」を仮定して矛盾に至る点が異なる。どちらも論理的に等価だが、証明の読みやすさで使い分ける。