虚数誕生史
The Birth of Imaginary Numbers
このページの目標
「虚数」がいつ・なぜ・どうやって発見されたのかを知る。
前提知識
- 3 次方程式の素朴な概念
- 歴史への興味
§1 16 世紀イタリアの数学者たち
16 世紀のイタリアでは、3 次方程式の解法をめぐって熱い数学論争が繰り広げられていた。タルタリア、カルダーノ、ボンベリらの数学者は、解の公式を求めて競い合った。
1545 年、カルダーノは『偉大なる術』を出版し、3 次方程式の解の公式(カルダーノの公式)を公表した。しかしこの公式には不思議なことが起きていた。実数解しか持たない 3 次方程式でも、計算の途中で「負の数の平方根」が現れることがあったのである。
$x^3 = 15x + 4$ をカルダーノ公式で:
$x = \sqrt[3]{2 + 11i} + \sqrt[3]{2 - 11i}$
虚数が途中に出てくる!
→ ボンベリが整理:
$\sqrt[3]{2 \pm 11i} = 2 \pm i$
$\therefore\ x = (2 + i) + (2 - i) = 4$
実数解を得るために虚数を経由
§2 ボンベリの「狂気じみた」アイデア
1572 年、ボンベリは Algebra を出版し、$\sqrt{-1}$ を「計算規則を満たす記号」として扱う方法を整理した。彼は「これは狂気じみた考えだ」と述べたが、実用上の必要から虚数の代数を作り上げた。
例: $x^3 = 15x + 4$
明らかに $x = 4$ が解だが、カルダーノ公式に入れると $\sqrt{-121}$ が現れる。ボンベリの計算規則 $\sqrt{-121} = 11\sqrt{-1}$ を使うと、立方根を経由して $x = 4$ が得られる。
§3 正統な数学への道
17 〜 18 世紀には、デカルト・オイラー・ガウスらが虚数を体系的に扱った。デカルトは「imaginary number(想像上の数)」という、やや軽蔑的な名前を残した。オイラーは記号 $i$ を導入し、ガウスは 1797 年に複素平面を発表して虚数を幾何的に正当化した。
こうして 250 年かけて、虚数は「狂気じみた」概念から「正統な数」へと地位を上げた。現代の物理・工学・数学のあらゆる場面で活躍している。
§4 まとめ
- 虚数は 3 次方程式の解法から必然的に現れた
- カルダーノ (1545) とボンベリ (1572) が先駆者
- ガウスの複素平面 (1797) で幾何的に正当化された
- 「imaginary」の名は当時の偏見の名残
次に読む
- ガウスと複素平面 — 虚数を幾何的に正当化した立役者
- オイラーの等式の魅力 — 記号 $i$ を導入したオイラーの到達点
- $i^i$ が実数になる不思議 — 立方根・べき乗の延長にある驚き
- 第1章: 複素数の定義と演算 — ここから本編へ