ゼータ関数と素数の音楽 ― 複素平面に響く数論

The Zeta Function and the Music of the Primes

読み物

公開日: 2026-06-16

素数 $2, 3, 5, 7, 11, 13, \dots$ は、いくら眺めても規則が見えてこない。次がどこに来るのか、いっこうに予測させてくれない、数学のなかでもとびきり気まぐれな住人だ。

ところが十九世紀、ベルンハルト・リーマンはこの気まぐれの奥に、思いもよらぬ秩序を見いだした。素数の並びは、複素平面に置かれたたった一つの関数 ―― ゼータ関数 ―― の零点のなかに、まるで楽譜の音符のように刻まれていたのである。この記事では、複素解析が数論の心臓部にどう触れたのか、その雰囲気を肩の力を抜いて味わってみたい。

オイラーが架けた橋

物語は、リーマンより前のレオンハルト・オイラーから始まる。彼は、すべての自然数にわたる和 $\displaystyle \zeta(s) = \sum_{n=1}^{\infty} n^{-s}$ が、すべての素数にわたる積として書けることに気づいた。

$$\zeta(s) = \sum_{n=1}^{\infty} \frac{1}{n^s} = \prod_{p:\,\text{素数}} \frac{1}{1 - p^{-s}}.$$

左辺はすべての自然数を、右辺は素数だけを語っている。この等号が成り立つのは、すべての自然数が素数の積に一意に分解できる ―― 算術の基本定理 ―― からだ。つまりこの一本の等式は、「素数が掛け算の原子である」という事実そのものを、解析の言葉に翻訳している。

素数の情報が丸ごと一つの関数に詰め込まれた。あとはこの関数を複素解析の道具で精密に調べれば、素数の秘密に手が届くはずだ ―― この着想こそ、オイラーが架けた橋であり、リーマンが渡った橋でもある。

ひとくちメモ:ゼータは「対数目盛りの櫛」の変換

「ゼータは何の変換なのか」と問うと、信号の見方がもう一段ひらける。鍵は $n^{-s}=e^{-s\ln n}$ と書けることだ。

  • いちばん素直なのは「くし(Dirac comb)」のラプラス変換: $$\zeta(s)=\sum_{n=1}^{\infty} e^{-s\ln n}=\mathcal{L}\!\left[\sum_{n=1}^{\infty}\delta(t-\ln n)\right](s).$$ $t=\ln 1,\ln 2,\ln 3,\dots$ に単位インパルスを立てた櫛のラプラス変換である(図 1 上段)。なめらかにしたければ階段関数で $\zeta(s)=s\displaystyle\int_0^\infty \lfloor e^{t}\rfloor\,e^{-st}\,dt$ とも書ける。
  • 素数の櫛なら $-\zeta'/\zeta$: $$-\frac{\zeta'}{\zeta}(s)=\sum_{n}\Lambda(n)\,n^{-s}=\mathcal{L}\!\left[\sum_{p^{k}}\ln p\,\cdot\,\delta(t-\ln p^{k})\right](s).$$ ここで $\Lambda$ はフォン・マンゴルト関数($n=p^{k}$ が素数べきなら $\Lambda(n)=\ln p$、それ以外は $0$)。素数べき $p^{k}$ の対数の位置に高さ $\ln p$ のインパルスが立つ ―― 素数そのものが「対数目盛り上のパルス列」として並ぶ(図 1 下段)。
  • いちばんきれいな積分形はメリン変換(ラプラスの「掛け算版の双子」):$\Gamma(s)\,\zeta(s)=\displaystyle\int_0^\infty \frac{t^{s-1}}{e^t-1}\,dt$。被積分の $\dfrac{1}{e^t-1}=\displaystyle\sum_{n\ge1}e^{-nt}$ は物理のボーズ=アインシュタイン分布(プランクの黒体放射に出てくるあれ)で、$n^{-s}\Gamma(s)=\displaystyle\int_0^\infty t^{s-1}e^{-nt}\,dt$ を $n$ について足すだけで出る。

こうして ζ は「対数目盛りに並んだ整数(あるいは素数)の櫛」を変換したものだと分かる。この櫛を入力、零点を周波数と見れば、その逆変換が次節の波(図 2)になる ―― 入口と出口が一本の線でつながる。

ゼータ関数が変換している対数目盛り上の櫛のグラフ
図 1: ゼータが変換している「櫛」。上段は $\zeta(s)=\mathcal{L}\bigl[\sum_{n}\delta(t-\ln n)\bigr]$ ―― 自然数を $t=\ln n$ に立てた単位インパルス列(対数目盛りなので右へ行くほど混み合う)。下段は $-\zeta'/\zeta(s)$ に対応する素数べきの櫛で、$t=\ln p^{k}$ に高さ $\ln p$ のパルスが立つ(赤=素数 $p$、橙=素数べき $p^{k}$)。素数そのものが対数目盛り上のパルス列として現れる。

解析接続 ―― 関数の世界を広げる

ただし、上の和は $s$ の実部が $1$ より大きいところ($\operatorname{Re}(s) > 1$)でしか収束しない。素数の謎が眠るのはもっと別の場所だ。そこでリーマンが使ったのが解析接続である。

初級で見た正則関数の「硬さ」を思い出してほしい。ふつうの(実)なめらかな関数は、ある一点のまわりだけをそっと変形しても遠くには影響が及ばない ―― いわば「柔らかい」。正則関数はその正反対で、ごく狭い範囲での振る舞いが関数全体を縛ってしまう。一致の定理がそれを言い切る:二つの正則関数が小さな領域(あるいは集積点をもつ点列)で一致すれば、定義域全体で完全に一致する。この強い拘束力こそが「硬さ」だ。だから、はじめは $\operatorname{Re}(s) > 1$ という限られた領域でしか定義できなかったゼータ関数も、正則性を保ったまま複素平面のほぼ全域へ、たった一通りの仕方で延長できる。途中に唯一、$s=1$ だけ極を残して。

こうして広げられた世界では、$s = -2, -4, -6, \dots$ という負の偶数で、ゼータ関数はあっさり $0$ になる。これらは事情がよく分かっているので自明な零点と呼ばれる。問題は、それ以外に潜む零点 ―― 非自明な零点 ―― のほうだ。素数の音楽を奏でているのは、まさにこの音符たちなのである。

ひとくちメモ:零点が「音符」だというのは比喩ではない

素数の分布を測る関数 ―― チェビシェフ関数 $\psi(x) = \displaystyle\sum_{p^k \le x} \ln p$(おおよそ「$x$ 以下の素数とそのべきの、重み付きの個数」)―― は、ゼータ関数の零点を使った明示公式(フォン・マンゴルトの公式)によって、近似ではなくぴったり等しい形で書ける:

$$\psi(x) = x \;-\; \sum_{\rho} \frac{x^{\rho}}{\rho} \;-\; \ln(2\pi) \;-\; \tfrac{1}{2}\ln\!\left(1 - x^{-2}\right).$$

主役は、なめらかな主要項 $x$ と、非自明な零点 $\rho$ すべてにわたる和 $\displaystyle\sum_{\rho} \frac{x^{\rho}}{\rho}$ だ。零点が臨界線上にあれば $\rho = \tfrac{1}{2} + i\gamma$ と書けて、$x^{\rho} = \sqrt{x}\,x^{i\gamma} = \sqrt{x}\,\bigl(\cos(\gamma \ln x) + i\sin(\gamma \ln x)\bigr)$ となる。つまり零点ひとつひとつが、$\sqrt{x}$ にくるまれた振動(波)を生み、その周波数を決めるのが零点の高さ $\gamma$(虚部)なのだ。共役な零点 $\bar\rho$ と組にすれば、波はきれいな余弦になる。素数の分布は、こうして無数の零点が生む波の重ね合わせ ―― まさに合奏として聞こえてくる。「素数の音楽」とは、この事実をそのまま言い表した言葉なのである。

ψ(x) の明示公式による再構成と、零点が生む振動の波形のグラフ
図 2: 明示公式 $\psi(x)=x-\sum_{\rho} x^{\rho}/\rho-\cdots$ を、非自明な零点の最初の数個で打ち切って再構成したもの。上段はチェビシェフ関数 $\psi(x)$(素数べき $p^k$ ごとに $\ln p$ の段差をもつ階段)を零点の波が近似していく様子、下段は直線的な主要項を除いた振動部 ―― 各零点 $\rho=\tfrac{1}{2}+i\gamma$ が生む「音」だけを取り出した波形。零点を増やすほど(10 → 30 → 100 個)、波が素数の刻みへ収束していく。鋸歯状に見えるのは、$\psi(x)$ が素数べきごとに $\ln p$ だけ跳ね上がり、その間は主要項 $-x$ のぶん右下がりに傾くため ―― 歯の一つ一つが素数べき一つにあたる。

素数の音楽を聴く

図 2 下段の波形(振動部)から $\sqrt{x}$ の振幅エンベロープを外し、各零点 $\rho=\tfrac{1}{2}+i\gamma$ の高さ $\gamma$ をそのまま周波数にして鳴らしたものを試聴できるようにした。

$x$ を時間に割り当てているので周波数は $\gamma/x$ でだんだん下がり(全体で約 6.3 オクターブ、下端は可聴限界の 20 Hz)、ピッチが落ちるにつれ高い部分音が次々と可聴域へ降りてくる。互いに整数比でない部分音が密に重なって音塊になるこの質感は、イアニス・クセナキスの弦楽グリッサンド雲(《メタスタシス》《ピソプラクタ》)やグラニュラー合成とも通じる ―― 当のクセナキス自身、剰余類でできた「篩(ふるい)理論」で数論を作曲に持ち込んでいた。

ひとくちメモ:零点を「極」に裏返すと音になる

信号の言葉では、逆ラプラス変換で音(モード)を生むのは関数のである。ところが $\zeta(s)$ にとって零点は「消える点」であって極ではない(極は $s=1$ のただ一つ)。そこで零点を分母に回して極に裏返すと、ようやく鳴り出す。

  • $\dfrac{1}{\zeta(s)} = \displaystyle\sum_{n=1}^{\infty}\frac{\mu(n)}{n^s}$($\mu$ はメビウス関数)。零点と極が入れ替わり、逆変換すると各零点が $x^{\rho}=\sqrt{x}\,e^{i\gamma\ln x}$ 型の振動 ―― 対数目盛り $t=\ln x$ で見れば $e^{t/2}\cos(\gamma t)$ ―― を生む。その部分和がメルテンス関数 $M(x)=\displaystyle\sum_{n\le x}\mu(n)\approx\sum_{\rho} \frac{x^{\rho}}{\rho\,\zeta'(\rho)}$ である。
  • $-\dfrac{\zeta'}{\zeta}(s)=\displaystyle\sum_{n}\frac{\Lambda(n)}{n^s}$ も、$\zeta$ の零点 $\rho$ に極をもつ。しかもその留数(複素解析の residue = 極のまわりで $\frac{1}{s-\rho}$ に掛かる係数)が、零点の位数に等しく、単純な零点ならきれいに $1$ になる ―― $1/\zeta(s)$ の留数 $1/\zeta'(\rho)$ のように零点ごとにばらつかない。だから、各零点 $\rho$ に立つこの極が、ちょうど一つの音符 $x^{\rho}/\rho$ を等しい重みで生む。その和(逆変換)が上の明示公式 $\psi(x)=x-\displaystyle\sum_{\rho}\frac{x^{\rho}}{\rho}-\ln(2\pi)-\tfrac{1}{2}\ln\!\left(1-x^{-2}\right)$ そのもの ―― これが図 2 で見た標準の「素数の音楽」だ。

どちらの音符も $x^{\rho} = x^{\operatorname{Re}\rho}\,e^{i\gamma\ln x}$。リーマン予想「すべての零点が $\operatorname{Re}\rho=\tfrac{1}{2}$」は、どの音符も同じ $\sqrt{x}$ の包絡線で鳴り、ひとつだけ突出して大きくならないという主張にほかならない(メルテンス関数なら $M(x)=O(x^{1/2+\varepsilon})$ と同値)。

臨界線とリーマン予想

非自明な零点はどこにあるのか。これまでに調べられたものは、すべて実部がちょうど $\tfrac{1}{2}$ の鉛直線 ―― 臨界線 ―― の上に、きれいに行儀よく並んでいる。

そもそも $\tfrac{1}{2}$ が特別なのは、ゼータの関数等式 ―― $\zeta(s)$ と $\zeta(1-s)$ を結ぶ対称性 ―― のおかげだ。これにより非自明な零点は直線 $\operatorname{Re}(s)=\tfrac{1}{2}$ を軸として左右対称に並ぶ。リーマン予想は、その対称軸のに零点が一つ残らず乗る、と言っているのである。

リーマン予想は、これが偶然ではなく必然であること、すなわち「非自明な零点はすべて実部 $\tfrac{1}{2}$ の直線上にある」と主張する。提起は1859年。以来、膨大な数の零点が計算で確かめられ、深い理論が積み上げられてきたにもかかわらず、いまだ証明も反証もされていない。クレイ数学研究所のミレニアム懸賞問題の一つであり、多くの数学者が「最も重要な未解決問題」と呼ぶ。

なぜそこまで重いのか。零点がすべて臨界線上にあるなら、素数の分布のゆらぎが可能なかぎり小さく抑えられる ―― 素数定理の誤差項が、これ以上ないほど精密に評価できる。素数という気まぐれな旋律が、実は最高にきちんと調律されている、という主張なのだ。さらに踏み込んだリーマンゼータ関数の解析や、ゼータの対称性をあらわにするクシー関数を覗くと、この調律の妙がいっそう際立って見えてくる。

数学者はここで何を感じているのか

この問題に向き合う数学者たちが共有している感覚がある。それは「ゼータ関数の零点は、ただの解析的な対象ではなく、何かもっと深い構造のではないか」という予感だ。

たとえば零点の間隔の統計は、量子物理に現れるランダム行列の固有値の統計と、奇妙なほど似ている。素数 ―― 純粋に算術の対象 ―― の奥に、物理のスペクトルと同じ顔が透けて見える。零点を何らかの作用素の固有値として捉えられないか、という探求(ヒルベルト=ポリヤの夢)は、いまも研究者を惹きつけてやまない。

ここにあるのは、複素解析が単なる計算術ではなく、分野どうしをひそかに結ぶ言語だという事実だ。解析・数論・幾何・物理が、ゼータ関数という一点で交差する。最前線の数学者たちは、その交差点に立って、まだ誰も名づけていない大きな構造の輪郭を手探りしている。

解析・数論・幾何・物理を表す4枚の平面が、ゼータ関数という一点で交差する3D図 数論 幾何 解析 物理 $\zeta$
図 3: 解析・数論・幾何・物理という四つの分野が、ゼータ関数 $\zeta$ という一点で交差するイメージ。各色の面がそれぞれの分野を、中央の輝く点が $\zeta$(すべての面が共有する原点)を表す。

ひとくちメモ:たった九ページの論文

リーマンがこの理論の核を記したのは、1859年のわずか九ページほどの論文ただ一篇である。証明を省いた大胆な見通しのなかに、解析接続・関数等式・零点と素数の関係 ―― 後の数論の屋台骨になる発想が詰め込まれていた。短く、未完成で、しかし途方もなく遠くを見ていた。数学史でもまれな「一篇が一分野を生んだ」例である。

結び ― まだ鳴り続ける音楽

気まぐれに見えた素数の並びは、複素平面に置かれた一つの関数の零点に、音符として刻まれていた。実数の上では決して聞こえなかった旋律が、複素解析という耳を通してはじめて響いてくる。そしてその楽譜の最後の一段 ―― すべての音符が一本の線に並ぶのか ―― は、一世紀半を超えていまも空白のままだ。

複素解析の旅は、虚数のためらいから始まり、正則関数の硬さを経て、留数の魔法を通り、ついに素数の音楽にまでたどり着いた。ここから先は、まだ誰も完全には書けていない楽譜である。その続きを聴き取るのは、もしかしたらこれを読んでいるあなたかもしれない。

読書案内 ― 出典

「素数の音楽」という言葉を広めたのは、マーカス・デュ・ソートイ『素数の音楽』(Marcus du Sautoy, The Music of the Primes, 2003 / 冨永星 訳・新潮社・2005、のち新潮文庫)である。リーマン、ヒルベルト、ハーディ、ラマヌジャン、モンゴメリー ―― 零点に魅入られた数学者たちの人間ドラマと歴史を、数式をほとんど使わずに描いた一般向けの名著だ。本書が「あえて書かなかった」数式の側 ―― オイラー積・明示公式・変換と零点の仕組み ―― を覗いてみたのが、この記事である。物語のほうはぜひ本書で。

また、上の音声で触れた「数学から音をつくる」発想の源流は、作曲家自身の理論書 ―― イアニス・クセナキス Formalized Music: Thought and Mathematics in Composition(Pendragon Press, 1992 / 原著 Musiques formelles, 1963)―― にある。確率過程でつくる音塊(《メタスタシス》《ピソプラクタ》)、集合論やふるい理論(théorie des cribles ―― 剰余類 $n \equiv a \pmod m$ の合併で音階やリズムを生成する、エラトステネスの篩の一般化)など、数論・確率・論理を作曲に持ち込んだ実践が本人の言葉で読める。素数のゼータ零点から音を立ち上げる本記事の試みは、その遠い親戚といえる。

よくある質問

ゼータ関数と素数はどのように結びついているのか

オイラーの積表示 $\zeta(s) = \prod_p (1 - p^{-s})^{-1}$ により、すべての素数 $p$ にわたる積がゼータ関数に等しくなる。素数の情報がまるごとこの一つの関数に詰め込まれているため、ゼータ関数を複素平面で解析することが、素数の分布を調べることに直結する。素数定理も、この関数の性質から導かれる。

リーマン予想とは何を主張しているのか

ゼータ関数を複素平面全体に解析接続したとき現れる「非自明な零点」が、すべて実部 $\tfrac{1}{2}$ の直線(臨界線)の上に並ぶ、という主張である。もしこれが正しければ、素数の分布の誤差が可能なかぎり小さく抑えられることが分かる。提起から一世紀半を超え、いまも証明も反証もされていない、数学最大級の未解決問題である。

図にある「幾何」は、ゼータ関数とどう関係するのか

じつは幾何は飾りではなく、「リーマン予想は本当らしい」と信じる最大の根拠を与えている。数の世界 $\mathrm{Spec}\,\mathbb{Z}$ の代わりに有限体 $\mathbb{F}_q$ 上の曲線(純粋に幾何的な対象)を考えると、そこにも同じ形のゼータ関数が定義でき、素数の役を果たすのは曲線の「点」になる。この幾何版ゼータについては、零点がすべて臨界線に乗る ―― リーマン予想の類似 ―― が、ヴェイユとドリーニュによって完全に証明済みである(証明はエタール・コホモロジーなど徹底して幾何的)。「幾何の言葉に翻訳された世界では予想は定理だった」という実例が、本家を信じる足場になっている。

もう一つはスペクトル幾何である。曲がった面(双曲面)の上では、「閉じた測地線の長さ」と「ラプラシアンの固有振動数」を結ぶセルバーグの跡公式があり、これが素数の明示公式と瓜二つ ―― 素数 ↔ 閉測地線、零点 ↔ 面の振動数(スペクトル)と対応する。「零点はある曲がった空間が鳴る振動数ではないか」というヒルベルト=ポリヤの夢は、この幾何像の延長にある。本文で聴いた「素数の音楽」を、幾何が裏から支えているわけである。

リーマン予想はもう証明されたのか

いいえ。2026 年現在も未解決である。膨大な数の零点が臨界線上にあることは計算で確かめられているが、「すべての零点がそうだ」という証明は得られていない。クレイ数学研究所のミレニアム懸賞問題の一つで、解決には 100 万ドルの賞金がかけられている。

なぜリーマン予想は重要なのか

リーマン予想が正しければ、素数の分布のゆらぎ ―― 素数定理の誤差項 ―― が可能なかぎり小さく抑えられることが分かる。さらに、ゼータの零点に関する無数の定理が「リーマン予想が正しいならば」という仮定の下で証明されており、もし証明されれば数論の広い範囲が一気に確定する。素数を使う暗号への波及も大きい。