図書館の歴史
粘土板からインターネットまで、知の保存と共有の5000年

ピーボディ図書館(ボルチモア)の壮大な吹き抜けの書架

私たちが日常的に利用する図書館。蔵書を自由に借りて読めるこの仕組みは、実はごく最近になって実現したものです。 図書館の歴史を振り返ると、そこには「知識を誰が所有し、誰に共有するか」という人類の長い葛藤が見えてきます。

この記事では、古代メソポタミアの粘土板から現代のデジタルアーカイブまで、 約5000年にわたる「知のインフラ」の変遷をたどります。

古代:知の保存のはじまり

アッシュルバニパルの図書館(紀元前7世紀)

『ギルガメシュ叙事詩』の洪水粘土板

アッシュルバニパルの図書館から出土した『ギルガメシュ叙事詩』の洪水の粘土板(大英博物館所蔵)
Photo: Fae, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

記録に残る世界最古の体系的な「図書館」は、アッシリア帝国のアッシュルバニパル王(在位 紀元前668〜627年頃)が 現在のイラク北部・ニネヴェに築いた王立図書館です。

ここには約3万枚の楔形文字が刻まれた粘土板が収蔵されていました。 内容は神話(『ギルガメシュ叙事詩』)、法律文書、医学書、天文学の記録、外交書簡など多岐にわたり、 主題別に整理・分類された、いわば世界初の目録システムを備えていたとされています。

なぜ粘土板だったのか

メソポタミアは河川の沖積平野で、粘土が豊富に採れました。 湿った粘土に葦のペンで楔形文字を刻み、乾燥または焼成することで半永久的な記録が残せます。 逆に言えば、パピルスが育つエジプトではパピルスに書き、竹が豊富な中国では竹簡に書くなど、 記録媒体はその土地の風土と密接に結びついていました。

ただし、この図書館は一般に開放されたものではありません。 王と神官による知識の独占が前提であり、読み書きできるのは書記や神官など一部の知識層に限られていました。

アレクサンドリア図書館(紀元前3世紀)

古代で最も有名な図書館は、エジプトのプトレマイオス朝が紀元前3世紀頃にアレクサンドリアに建設したムセイオン(学術殿堂)に付属する図書館です。 最盛期には40万〜70万巻のパピルス巻物を収蔵していたとも言われ、 地中海世界の知識を一箇所に集約しようとする壮大な試みでした。

アレクサンドリアに入港するすべての船の書物を押収・複写したという逸話は、 知識収集への執念を物語っています。また、ここには当時の第一級の学者たちが集い、 エウクレイデス(ユークリッド)やアルキメデスなどが研究に携わったとされています。

しかし、アレクサンドリア図書館はやがて戦火や政変を経て失われました。 一説にはカエサルのエジプト遠征時の火災(紀元前48年)で被害を受け、 その後も段階的に衰退したと考えられています。 「知の集積は、権力の交代とともに失われうる」という教訓を残した出来事です。

中世:修道院と写本の時代

ヨーロッパの修道院図書館

写字室で写本を作成する修道士

写字室(スクリプトリウム)で写本を作成する修道士
From Lacroix, Public Domain, via Wikimedia Commons

西ローマ帝国の崩壊(476年)後、ヨーロッパでは修道院が知識の保存と伝達の中心となりました。 ベネディクト会をはじめとする修道院では、修道士たちが手作業で写本(マニュスクリプト)を作成し、 古代ギリシャ・ローマの文献を後世に伝えました。

しかし、これらの写本は修道院の外に出ることはほとんどなく、 知識は聖職者の間でのみ共有される状態が長く続きました。 書物は「読むもの」というより「保管するもの」であり、鎖で書架に繋がれた「鎖付き図書館(Chained Library)」も珍しくありませんでした。

イスラム世界の「知恵の館」

同じ頃、イスラム世界では知的活動が大いに花開いていました。 9世紀のバグダッドには、アッバース朝のカリフ・マアムーンによって「バイト・アル=ヒクマ(知恵の館)」が設立されました。

ここではギリシャ語、ペルシャ語、サンスクリット語の文献がアラビア語に翻訳され、 数学、天文学、医学、哲学などの知識が体系的に整理されました。 アリストテレスの著作やプトレマイオスの『アルマゲスト』など、 後にヨーロッパのルネサンスを支えることになる古代の知識が、 イスラム世界の翻訳運動によって保存されたのです。

東西の知の架け橋

12〜13世紀にはスペインのトレドやシチリア島を経由して、アラビア語の文献がラテン語に翻訳されました。 これにより、古代ギリシャの哲学や科学がヨーロッパに「再輸入」され、 スコラ学やルネサンスの知的基盤が形成されました。 知識の保存と翻訳が、文明の発展を支えた好例です。

近世:印刷革命と知の民主化のはじまり

グーテンベルクの活版印刷(1450年頃)

16世紀の印刷工房を描いた版画

16世紀の印刷工房(Jost Amman 画、1568年)
Public Domain, via Wikimedia Commons

図書館の歴史を決定的に変えたのが、ヨハネス・グーテンベルクによる活版印刷技術の発明です。 1450年頃にドイツのマインツで実用化されたこの技術は、書物の大量複製を可能にしました。

それまで1冊の写本を作るのに数ヶ月〜数年かかっていたものが、 活版印刷では同じ時間で数百部を刷ることができるようになったのです。 書物の価格は劇的に下がり、大学や裕福な市民にも手が届くようになりました。

印刷技術の普及は宗教改革とも深く結びついています。 マルティン・ルターが聖書をドイツ語に翻訳し、印刷機で広く配布できたことが、 「聖書を自分で読む」という発想を一般に広め、教会による知識の独占を揺るがしました。

大学図書館の発展

印刷技術の普及に伴い、ヨーロッパ各地の大学に図書館が整備されていきます。 オックスフォード大学のボドリアン図書館(1602年再開)や、ハーバード大学図書館(1638年設立)など、 現在も続く名門図書館がこの時期に基礎を築きました。

ただし、大学図書館はあくまで学生と教授のための施設であり、 一般市民が自由に利用できるものではありませんでした。

近代:「万人のための図書館」への転換

なぜ「庶民にも教育を」という発想が生まれたのか

公共図書館が誕生する背景には、数世紀にわたる思想の転換がありました。 その流れを3つのステップで見てみましょう。

公共図書館への道のり

  1. 宗教改革(16世紀): 「一人ひとりが聖書を読むべき」→ 識字の必要性が認識される
  2. 啓蒙思想(17〜18世紀): ジョン・ロックやヴォルテールらが「人間は生まれながらに理性を持つ」と唱え、 であれば身分に関係なく、すべての人が教育を受ける機会を持つべきだという考え方が広まる
  3. 産業革命(18〜19世紀): 工場労働者に読み書き・計算の能力が必要になり、 教育が経済的にも国家的にも不可欠と認識される

特に産業革命が決定的でした。 機械を操作し、マニュアルを読み、指示書を理解できる労働者が大量に必要になったからです。 「庶民に教育を」という理想主義だけでなく、「教育された労働力は国の競争力を高める」という実利的な動機が、 公教育制度と公共図書館の整備を後押ししました。

公共図書館の誕生

1850年、イギリスで「公共図書館法(Public Libraries Act)」が成立し、 地方自治体が税金で図書館を設置・運営できるようになりました。 これが近代的な公共図書館制度の出発点です。

アンドリュー・カーネギーの肖像

アンドリュー・カーネギー(1913年撮影)
Theodore C. Marceau, Library of Congress, Public Domain

アメリカでは、鉄鋼王アンドリュー・カーネギーが1883年から自らの財産を投じて 全米に約1,700の図書館を建設しました。「富を持つ者の義務」として図書館を社会に寄贈した彼の行動は、 「知識は万人に開かれるべきだ」という理念を体現したものでした。

カーネギーは「私の成功は図書館のおかげだ」と語り、 移民の少年だった自分が図書館で学んで成功できた経験を、次の世代にも届けようとしたのです。

カーネギーの言葉

「富の中で死ぬ者は、不名誉のうちに死ぬ」
— アンドリュー・カーネギー『富の福音(The Gospel of Wealth)』(1889年)より

現代:デジタル時代の図書館

電子図書館とデジタルアーカイブ

20世紀後半から21世紀にかけて、図書館はデジタル化の波に乗りました。 代表的な取り組みとして以下が挙げられます。

  • プロジェクト・グーテンベルク(1971年〜):世界初の電子図書館プロジェクト。著作権切れの書籍をデジタル化して無料公開
  • Google Books(2004年〜):世界中の図書館と提携し、数千万冊の書籍をスキャン・検索可能に
  • Internet Archive(1996年〜):ウェブページの保存(Wayback Machine)に加え、書籍・音楽・映像のデジタルアーカイブを運営
  • 国立国会図書館デジタルコレクション:日本の国立国会図書館が所蔵する資料をデジタル化して公開

これらの取り組みにより、物理的に図書館に行かなくても、世界中のどこからでも膨大な知識にアクセスできる時代になりました。

インターネットは「新しい図書館」か?

「すべての情報がインターネット上にある時代に、図書館は必要なのか?」 この問いは現代において避けて通れないものです。

確かに、インターネットはかつてない規模の情報アクセスを可能にしました。 しかし、伝統的な図書館とインターネットには本質的な違いがあります。

表:伝統的な図書館とインターネットの特徴比較
伝統的な図書館 インターネット
情報の選定 司書が専門知識に基づいて選書・収集 誰でも自由に発信できる
品質管理 出版社・学術審査を経た資料が中心 玉石混交、偽情報も含まれる
永続性 長期保存を使命とする リンク切れ、サービス終了のリスク
アクセス 無料だが物理的な制約がある 場所を問わないが、機器やネット環境を持たない人は取り残される
構造 専門家が選んで体系的に並べる 検索型(探して見つける)

図書館は「信頼できる知識を選び、整理し、保存する」という役割を担っています。 一方、インターネットは「あらゆる情報に自由にアクセスできる」代わりに、 何が信頼できるかの判断は利用者自身に委ねられます。

両者は対立するものではなく、補完し合う関係です。 インターネットで見つけた情報の裏付けを図書館の資料で確認する、 図書館で興味を持った分野の最新情報をインターネットで追うなど、 両方を使いこなすことが現代のリテラシーと言えるでしょう。

知のガバナンス:誰が知識を管理するのか

図書館の歴史を貫くテーマは、「知識は誰のものか」という問いです。 古代では王と神官が、中世では教会が、近世では大学と貴族が知識を独占していました。 公共図書館はそれを「万人のものに」しようとする試みでした。

しかし現代では、新たな構図が浮かび上がっています。

現代の「知の二重構造」

  • 国家・公的機関の層: 国立図書館、公共図書館、大学図書館が「公共財としての知識」を保存・提供
  • プラットフォーム企業の層: Google、Meta、Amazonなどが膨大なデータを収集・管理し、 アルゴリズムによって「何を見せるか」を決定

かつて図書館の司書が選書を通じて行っていた「何を読むべきかの選定」は、 今やアルゴリズムが担う側面が大きくなっています。 検索結果の順位、SNSのタイムライン、レコメンドエンジンが 私たちの「知る」体験を形作っているのです。

だからこそ、「自分で情報を選び、評価し、記録する」という能力が、 いまほど求められている時代はないのかもしれません。

まとめ:図書館が教えてくれること

図書館の5000年の歴史は、人類が「知識をどう保存し、誰と共有するか」を 模索し続けてきた歴史でもあります。

この記事のポイント

  1. 古代の図書館は権力者のための知識の独占装置だった
  2. 中世は修道院とイスラム世界が知の保存・翻訳を担った
  3. 印刷革命が知識の大衆化への扉を開いた
  4. 産業革命を経て「万人のための公共図書館」が実現した
  5. デジタル時代、知のガバナンスは新たな課題に直面している

粘土板に楔形文字を刻んだアッシュルバニパルの時代から、 スマートフォンで電子書籍を読む現代まで、 人類の「知りたい」「残したい」「伝えたい」という欲求は変わりません。

あなたが今この記事を読んでいること自体が、 5000年にわたる「知の保存と共有」の最新の一コマなのです。

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