$L^2$ 空間とヒルベルト空間

$L^2$ 空間とヒルベルト空間

難易度: 上級

フーリエ解析の関数解析的基礎

はじめに

フーリエ級数の収束を厳密に理解するには、関数空間の言葉が必要である。$L^2$ 空間はヒルベルト空間の典型例であり、フーリエ級数はその正規直交基底展開として理解できる。

$L^2$ 空間

$L^2$ 空間の定義

$$L^2(I) = \left\{f : I \to \mathbb{C} \,\middle|\, \displaystyle\int_I |f(x)|^2\,dx < \infty\right\}$$

ここで積分はルベーグ積分の意味である。厳密には、ほとんど至るところで等しい関数は同一視する。

$L^2$ ノルム

$$\|f\|_{L^2} = \left(\displaystyle\int_I |f(x)|^2\,dx\right)^{1/2}$$

$L^2$ 内積

$$\langle f, g \rangle = \displaystyle\int_I f(x)\overline{g(x)}\,dx$$

この内積に関して、$\|f\|_{L^2} = \sqrt{\langle f, f \rangle}$。

ヒルベルト空間

ヒルベルト空間は、内積を持つ完備なベクトル空間である。

ヒルベルト空間の公理

  1. ベクトル空間である
  2. 内積 $\langle \cdot, \cdot \rangle$ が定義されている
  3. 内積から誘導されるノルムに関して完備(コーシー列が収束)

リース-フィッシャーの定理

$L^2(I)$ はヒルベルト空間である。すなわち、$L^2$ ノルムに関してコーシー列は $L^2$ 内の関数に収束する。

正規直交基底

定義

ヒルベルト空間 $H$ の部分集合 $\{e_n\}$ が正規直交系であるとは:

$$\langle e_m, e_n \rangle = \delta_{mn} = \begin{cases} 1 & (m = n) \\ 0 & (m \neq n) \end{cases}$$

正規直交基底(完全正規直交系)であるとは、さらに任意の $f \in H$ が

$$f = \displaystyle\sum_{n} \langle f, e_n \rangle e_n$$

と表せること。ここで係数 $c_n = \langle f, e_n \rangle$ を $f$ の(第 $n$)展開係数という。

部分和 $S_N$

上の無限和の最初の $N$ 項だけを取ったものを部分和とよび、

$$S_N = \displaystyle\sum_{n=1}^{N} \langle f, e_n \rangle e_n = \sum_{n=1}^{N} c_n e_n$$

と書く。項数 $N$ を増やすほど $S_N$ は $f$ に近づき、$N \to \infty$ の極限で(次節で述べる $L^2$ の意味において)$f$ に一致する。下図は具体的に $S_3 = c_1 e_1 + c_2 e_2 + c_3 e_3$ が元の関数へどれだけ近いかを示している。

フーリエ級数の解釈

$L^2([-\pi, \pi])$ において、

$$e_n(x) = \dfrac{1}{\sqrt{2\pi}}e^{inx} \quad (n \in \mathbb{Z})$$

は正規直交基底をなす。フーリエ級数は、この基底に関する展開である。

関数 f を正規直交基底で展開する図。上段は三角波 f が成分 c₁e₁, c₂e₂, c₃e₃ の和として分解される様子(高次の成分ほど振幅が小さく速く減衰する)。下段は最初の3項の部分和 S₃ が元の f にほぼ一致することを示す。

上段:関数 $f$(ここでは三角波)を正規直交基底の成分に分解する $\bigl(f = c_1 e_1 + c_2 e_2 + c_3 e_3 + \cdots,\ c_n=\langle f, e_n\rangle\bigr)$。 滑らかさを反映して高次の成分ほど振幅が速く減衰する。 下段:最初の 3 項の部分和 $S_3$ だけで元の $f$ にほぼ一致しており、 「$f$ は基底成分の重ね合わせに等しい」ことが目で確認できる。

$L^2$ 収束

フーリエ級数の $L^2$ 収束

$f \in L^2([-\pi, \pi])$ のフーリエ級数は $L^2$ ノルムの意味で $f$ に収束する:

$$\lim_{N\to\infty}\left\|f - \displaystyle\sum_{n=-N}^{N}c_n e^{inx}\right\|_{L^2} = 0$$

これはパーセバルの等式と同値である:

$$\|f\|_{L^2}^2 = \displaystyle\sum_{n=-\infty}^{\infty}|c_n|^2$$

最良近似性

フーリエ級数の部分和 $S_N(x) = \displaystyle\sum_{n=-N}^{N}c_n e^{inx}$ は、同じ形の三角多項式の中で $f$ への最良近似を与える:

任意の三角多項式 $P_N(x) = \displaystyle\sum_{n=-N}^{N}a_n e^{inx}$ に対して

$$\|f - S_N\|_{L^2} \leq \|f - P_N\|_{L^2}$$

等号は $a_n = c_n$ のときのみ成立。

これは $S_N$ が $f$ の、$N$ 次三角多項式全体への直交射影であることを意味する。

ソボレフ空間:なめらかさをフーリエ係数で測る

なぜ $L^2$ だけでは足りないのか

$L^2$ ノルムは関数の「大きさ」は測れるが、「なめらかさ」は測れない。たとえば $\cos x$ と $\cos(1000x)$ は $L^2$ ノルムが等しいのに、後者は激しく振動する。$L^2$ の枠組みでは微分が定義できるかどうかすら判定できない——実際、微分作用素は $L^2$ 上で有界でない($\cos(nx)$ を微分すると振幅が $n$ 倍になり、$n\to\infty$ で発散する)。関数の「微分できる回数」を測る新しい物差しが必要になる。これがソボレフ空間の動機である。

鍵となる観察:微分 = フーリエ空間での $in$ 倍

$f(x) = \sum_n c_n e^{inx}$ を項別に微分すると

$$f'(x) = \sum_n (in)\,c_n e^{inx}$$

すなわち微分は各係数を $in$ 倍する操作にほかならない。ここでパーセバルの等式を $f'$ に適用すると、

$$\|f'\|_{L^2}^2 = \sum_n n^2\,|c_n|^2$$

となる。つまり「$f$ が($L^2$ の意味で)$k$ 回微分できる」ことは、代数的な条件

$$\sum_n n^{2k}\,|c_n|^2 < \infty$$

同値である。なめらかさ=フーリエ係数の減衰の速さという直感が、こうして定量化できる。

ソボレフ空間 $H^s$

この考えを微分回数 $s$(整数に限らず実数でよい)へ一般化したものがソボレフ空間である。

$$H^s(\mathbb{T}) = \left\{f \in L^2 \,\middle|\, \|f\|_{H^s}^2 = \displaystyle\sum_{n}(1 + n^2)^s|c_n|^2 < \infty\right\}$$

重み $(1+n^2)^s$ は高周波(大きい $|n|$)の係数を強く咎める。$s$ が大きいほど「速い減衰」を要求するので、$H^s$ に属する関数はよりなめらかになる。特に $s=0$ なら $H^0 = L^2$、$s=1$ なら $f$ とその(弱)導関数 $f'$ がともに $L^2$ に属する(ここでの微分は後述の弱微分の意味)。$s$ はなめらかさの度合いを表す連続パラメータであり、分数階の微分可能性まで扱えるのが強みである。

なめらかさ ⇄ 減衰の辞書(具体例)

本記事の図で扱った三角波を含め、代表的な波形を並べると対応がはっきりする。

関数係数の減衰属する $H^s$実際のなめらかさ
方形波(跳びを持つ)$|c_n|\sim 1/n$$s < 1/2$不連続
三角波(角を持つ)
=上図の $f$
$|c_n|\sim 1/n^2$$s < 3/2$連続・区分的に微分可(角あり)
なめらかな関数($C^\infty$)指数的に減衰すべての $s$無限回微分可

係数が速く減衰する関数ほど大きな $s$ の $H^s$ に属し、それだけなめらかである、という対応が読み取れる。

なぜ役立つか①:なめらかさを「予言」できる

ソボレフの埋め込み定理(1次元)

$$s > \tfrac{1}{2} \ \Longrightarrow\ H^s(\mathbb{T}) \subset C(\mathbb{T})$$

すなわち $\sum_n (1+n^2)^s|c_n|^2 < \infty$ という係数の和に関する条件だけから、$f$ が連続関数であるという解析的な結論が導かれる。

上表と照らすと威力が分かる。三角波は $s<3/2$ まで属するので閾値 $1/2$ を超え、定理から連続だと予言できる(実際に連続で、図でも切れ目なくつながっている)。一方、方形波は $s<1/2$ までしか属さず閾値に届かないので、連続性は保証されない(実際に跳びを持つ)。関数を直接調べなくても、フーリエ係数の減衰だけからなめらかさを判定できるのである。

なぜ役立つか②:近似の収束の速さが決まる

$f \in H^s$ のとき、部分和 $S_N$ の $L^2$ 誤差は

$$\|f - S_N\|_{L^2} \;\le\; \frac{C}{N^{s}}\,\|f\|_{H^s}$$

で抑えられる($C$ は $f$ によらない定数。なめらかさ $s$ が大きいほど速く減衰する)。これが、上図で三角波($s<3/2$)がわずか 3 項でほぼ再現できた理由の定量的な説明である。逆に方形波($s<1/2$)は収束が遅く、多くの項を要する。フーリエ級数やスペクトル法の精度の見積もりは、この関数のなめらかさ $s$ によって決まる。

なぜ役立つか③:偏微分方程式の土台

古典的には微分できない関数でも、$H^s$ の枠組みでは「微分」を意味づけできる(弱微分)。このためソボレフ空間は、熱方程式や波動方程式といった偏微分方程式の解の存在・一意性・正則性を論じる標準的な舞台となっている。$L^2$ から一歩進んで「なめらかさ」を測れるようにしたことが、解析学の広い応用への扉を開く。

まとめ

  • $L^2$ 空間:二乗可積分関数の空間、内積とノルムを持つ
  • $L^2$ はヒルベルト空間(内積を持つ完備空間)
  • フーリエ級数は $L^2$ の正規直交基底展開
  • $L^2$ 収束は各点収束より一般的で扱いやすい
  • 部分和は最良近似(直交射影)を与える
  • ソボレフ空間 $H^s$ はフーリエ係数の減衰でなめらかさを測り、連続性の判定・近似誤差の見積もり・偏微分方程式の土台を与える

核心をひとつの式にまとめれば、$L^2$ の正規直交基底 $\{e_n\}$ に対して

$$f = \sum_{n} \langle f, e_n \rangle e_n, \qquad \|f\|_{L^2}^2 = \sum_n |\langle f, e_n \rangle|^2$$

が成り立つ、ということに尽きる(展開とパーセバルの等式)。

よくある質問

L²空間とはどのような空間か

$L^2([a,b])$ は区間 $[a,b]$ 上で二乗可積分な関数の集合で、内積 $\langle f,g\rangle = \int_a^b f(x)\overline{g(x)}\,dx$ を持つ。この内積からノルム $\|f\| = \sqrt{\langle f,f\rangle}$ が定まり、完備なヒルベルト空間を形成する。

ヒルベルト空間とバナッハ空間の違いは何か

バナッハ空間はノルム完備な線形空間で、ヒルベルト空間はさらに内積が存在する特別なバナッハ空間である。内積からノルムが誘導され、平行四辺形則 $\|f+g\|^2 + \|f-g\|^2 = 2(\|f\|^2+\|g\|^2)$ が成り立つことがヒルベルト空間の特徴である。

L²収束と各点収束の関係

$L^2$ 収束 $\|f_n - f\|_{L^2}\to 0$ は各点収束を意味しない(またその逆も成り立たない)。$L^2$ 収束は「関数全体の二乗誤差の積分がゼロに近づく」ことを意味し、有限個の点での値は $L^2$ ノルムに影響しない。部分列への移行で概至る所収束が取り出せる(Riesz–Fischer定理)。

なぜ連続関数ではなく L² 空間を使うのか

連続関数の空間は多くの自然なノルム(特に $L^2$ ノルム)について完備でなく、コーシー列の極限が空間の外へ出てしまうことがある。一方 $L^2$ は完備で正規直交基底を持つため、フーリエ級数の収束を過不足なく論じられる。この完備性(リース–フィッシャーの定理)こそがフーリエ解析を強力にしている。