関数を一つの点として見る ― 無限次元空間への招待

A Function as a Single Point

読み物

関数というと、たいていの人はグラフを思い浮かべる。横軸に $x$、縦軸に $y$ を取って、にょろにょろと伸びる一本の曲線。確かにそれも正しい姿だ。だが関数解析は、この曲線をまるごと「ぎゅっ」と握りつぶして、空間に浮かぶたった一つの点として扱う。

曲線が点になる ―― 初めて聞くと冗談のように響くかもしれない。けれどこの一見乱暴な見立てこそが、フーリエ解析から量子力学までを貫く強力な発想なのである。曲線を点とみなせば、線形代数で使ってきた「長さ」「角度」「射影」といった道具が、そっくりそのまま関数にも使えるようになる ―― それがこの見立てのうまみだ。この記事では、その発想を肩の力を抜いて味わってみたい。

座標を数えるところから

平面上の点は、二つの数 $(x, y)$ で言い表せる。空間の点なら三つ、$(x, y, z)$ だ。数の組が一つの点を決める ―― ここまでは誰でも知っている。では数を四つ並べたらどうか。五つなら。十個でも、原理上は何の問題もない。$(a_1, a_2, \dots, a_n)$ という $n$ 個の数の組は、$n$ 次元空間の一点である。目に見えなくても、計算の上ではれっきとした点だ。

ここで一歩だけ大胆になる。数の組をどんどん伸ばして、ついに無限に並べてみよう。$(a_1, a_2, a_3, \dots)$。これも一つの点だと思うことにする。すると、こんな問いが自然にわく ―― 関数 $f$ もまた、各点での値 $f(x_1), f(x_2), \dots$ という「無限に長い数の組」とみなせるのではないか、と。

実際そのとおりなのだ。関数とは、無数の値を一斉に指定する対応である。その値たちを座標だと思えば、一本の関数は無限次元空間のたった一つの点になる。曲線を握りつぶす、とはこういう意味だった。(厳密には、関数は連続体の上で定義されるので、「無限に長い数列」というより「無限個の値を一度に抱えた対象」と言うほうが近い。)

2次元の点・3次元の点・n次元の点を経て、関数が無限次元空間のたった一つの点になる流れ 次元を増やしていくと…… 2 つの数 x₁,x₂ 平面の点 3 つの数 x₁,x₂,x₃ 空間の点 n 個の数 x₁,x₂,…,xₙ n 次元の点 f 無限個の数 各点の値 f(x) を一斉に =無限次元の点
図1. 数を $2$ 個・$3$ 個・$n$ 個と並べた組が、平面・空間・$n$ 次元空間の一点を表す。同じ発想で、関数 $f$ を「各点の値 $f(x)$ を連続的に並べた組」とみなせば、一本の関数が無限次元空間のたった一つの点になる。サンプル点を増やしていった先に、関数そのものが現れる。

関数はベクトルでもある

点として見えてきたら、次は足し算だ。二つのベクトルを足せるように、二つの関数も足せる。$ (f+g)(x) = f(x) + g(x) $ と、各点で値を足すだけでよい。定数倍も同じく $ (cf)(x) = c\,f(x) $。つまり関数は、加法とスカラー倍ができる ―― 立派なベクトルなのである。そもそもベクトルとは「足せて、定数倍できるもの」の総称であって、矢印だけがベクトルなのではない。

ベクトルだと分かれば、有限次元の線形代数で慣れ親しんだ道具がそっくり持ち込める。長さを測りたければ「ノルム」を、角度や直交を語りたければ「内積」を入れればよい。$\mathbb{R}^n$ で見慣れた幾何を、関数の世界へ引っ越しさせるのだ。

ひとくちメモ:内積で「直交する関数」が生まれる

二つのベクトルの内積がゼロなら直交していた。関数でも $\langle f, g \rangle = \int f(x)\,g(x)\,dx = 0$ なら「直交している」と言う。たとえば $\sin x$ と $\cos x$ は、適切な区間で積分すると確かに直交する。直角に交わる二本の関数 ―― 図には描けないが、計算は私たちの直感に忠実についてきてくれる。

「二つの関数は近いか」を測る

点になったのだから、点と点の距離も測りたい。二つの関数 $f$ と $g$ はどれくらい「近い」のか。じつは測り方は一通りではない。

一つは、いちばん大きくズレている場所を見て「最悪でこれだけ違う」と言う測り方(一様な近さ)。もう一つは、ズレの二乗を全体で平均して「ならすとこれだけ違う」と言う測り方($L^2$ の近さ)。同じ二つの関数でも、ものさしを替えれば「近い」とも「遠い」とも判定が変わる。どのものさしで測るかを決めて初めて、関数の空間は形を持つのである。

この「ものさし=ノルム」の選び方が、関数解析の最初の分かれ道になる。どれが正しいというより、問題に応じて似合うものさしを選ぶ ―― 服を選ぶような感覚に近い。

この見立ての、うれしいところ

関数を点に、関数の集まりを空間に翻訳すると、ばらばらだった話が一枚の地図につながりはじめる。

たとえばフーリエ級数。複雑な周期関数を $\sin nx$, $\cos nx$ の和で表すあの技は、「互いに直交する関数たちを基底として、目的の点をその方向に分解する」操作にほかならない。$\mathbb{R}^3$ のベクトルを $x, y, z$ 軸方向に分けるのと、心はまったく同じだ。基底が無限本になっただけである。

あるいは最小二乗法。データに最も近い直線や曲線を選ぶこの方法は、「点から部分空間へ垂線を下ろす」幾何そのものだ。難しい近似問題が、見慣れた“垂線の足”の問題へ早変わりする。別々の分野で工夫されてきた技が、同じ幾何の言葉で語り直せる ―― これが関数を空間と見ることのごほうびである。

ただし、無限はちょっと不思議

とはいえ、無限次元は有限次元の素直な延長ではない。引っ越し先には、見慣れない風景もある。

ひとくちメモ:有界で閉じていても「すき間」が残る

有限次元では、有界で閉じた集合からはどんな点列も収束する部分列が取り出せた(点はどこかに必ず溜まる)。ところが無限次元では、たとえば互いに直交する無数の関数を並べると、有界なのにどの部分列も一点に近づかない、ということが起こりうる。「ぎゅうぎゅうに詰めても溜まらない」 ―― 方向がいくらでもある無限次元ならではの奇妙さだ。だからこそ、後で学ぶ完備性(収束しそうな列がちゃんと収束する性質)が、無限次元では決定的に大切になる。

結び ― 点として眺める旅へ

曲線を一つの点に、関数の集まりを一つの空間に。たったこれだけの視点の切り替えが、解析・幾何・代数の道具を一つの机の上に並べてくれる。関数を「描く対象」から「住まわせる対象」へ ―― この引っ越しが、関数解析という分野の入口なのである。言い換えれば関数解析とは、新しい計算技術を覚える学問というより、関数を見るための新しい座標系・新しい幾何学を手に入れる学問なのだ。

では、その空間に道具を順に持ち込んでいこう。ものさし(ノルム)と角度(内積)、そして無限ならではの完備性 ―― 初級では、これらをきちんと組み立てて、バナッハ空間とヒルベルト空間という快適な住まいを建てていく。

よくある質問

関数を「点」とみなすとは、どういう意味か

平面の点が2つの座標、空間の点が3つの座標で表せるのと同じように、関数も無数の値の集まりとみなせる。すると一本の関数をまるごと一つの「点」、関数全体を一つの「空間」と考えられる。点どうしの距離や角度を測る道具(ノルムや内積)を持ち込めば、関数の世界を幾何のように扱えるようになる。これが関数解析の出発点となる発想である。

なぜ関数を空間として捉えると便利なのか

関数を点として並べると、有限次元のベクトルで使えた直感――近さ・直交・最良近似・基底による展開――が、ほぼそのまま関数にも使えるようになるからである。フーリエ級数は「直交する関数による展開」、最小二乗法は「点から部分空間への垂線」といった具合に、別々に見えた話が一つの幾何の言葉でつながる。難しい問題を見慣れた図形の問題へ翻訳できるのが最大の利点である。