中級

標本化定理(シャノンの定理)

Sampling Theorem — アナログ信号のデジタル化を支える基本定理

1. 定理の主張

標本化定理(sampling theorem)は、連続時間信号をデジタルで表現・処理するための理論的基盤を与える定理である。 C. E. Shannon(1949)によって情報理論の文脈で厳密に定式化されたため、シャノンの定理とも呼ばれる。 ただし、標本化定理につながる先行結果は E. T. Whittaker(1915)、H. Nyquist(1928)、V. A. Kotelnikov(1933)らによって独立に得られていた。 また、日本では染谷勲(1949)が Shannon と同時期に独立に導出し、著書『波形傳送』において標本化定理の拡張も含めて体系化した。 戦後日本の学術的孤立により西側との交流がなかったため、これは完全に独立な発見と認められている。 国際的には Nyquist–Shannon の定理 と呼ばれることが多く、 数学の文献では先行者を並べた Whittaker–Kotelnikov–Shannon の定理(WKS)という呼称が定着している。 染谷まで並べた長い呼び方もあるが、その場合は Raabe を含めた Whittaker–Kotelnikov–Raabe–Shannon–Someya の形が使われる。 日本では Shannon–染谷の定理 としても知られる。

定理(標本化定理).

連続時間信号 $f(t)$ が帯域制限されており、そのフーリエ変換 $F(f)$ が $|f| > B$ で恒等的に $0$ であるとする($B$ は信号の最高周波数 [Hz])。 このとき、サンプリング周波数 $f_s$ が

$$f_s > 2B$$

を満たすならば、$f(t)$ はサンプル値 $\{f(nT)\}_{n \in \mathbb{Z}}$($T = 1/f_s$: サンプリング間隔)から完全に復元できる。

臨界サンプリング $f_s = 2B$ の注意

等号 $f_s = 2B$(ちょうどナイキストレート)では、周波数 $B$ の信号成分を正しく復元できない。 サンプリング間隔 $T = 1/(2B)$ のとき、周波数 $B$ の一般的な正弦波 $A\cos(2\pi Bt + \phi)$ のサンプル値は

$$A\cos\!\left(2\pi B \cdot \dfrac{n}{2B} + \phi\right) = A\cos(n\pi + \phi)$$

ここで加法定理を適用すると、

$$= A\bigl[\cos(n\pi)\cos\phi - \underbrace{\sin(n\pi)}_{=\,0}\sin\phi\bigr] = A(-1)^n\cos\phi$$

$\sin(n\pi) = 0$ であるから、位相 $\phi$ がどのような値であっても sin 成分は消え、cos 成分のみが残る。 例えば $\phi = 0$(純粋な cos)ならサンプル値は $A(-1)^n$ で正しく捉えられるが、$\phi = \pi/2$(純粋な sin)ならサンプル値はすべてゼロになる。 すなわち、ナイキスト周波数における奇関数成分(sin 成分)は原理的に復元不可能である。

直感的に述べると、「厳密に帯域制限された信号について、すべての標本値を正確に得て理想的に再構成できるなら、含まれる最も高い周波数の 2 倍より速い速さでサンプリングすれば情報は一切失われない」ということである。標本が有限個・有限精度で雑音を含む現実の測定について述べたものではない。

1.1 ナイキストレートとナイキスト周波数

標本化定理に関連する 2 つの重要な概念を整理する。

用語 定義 意味
ナイキストレート $2B$ 帯域幅 $B$ の信号に対する臨界サンプリング周波数。完全復元を保証するには $f_s > 2B$ とする(次の注を参照)
ナイキスト周波数 $f_N = f_s / 2$ 与えられたサンプリング周波数で表現可能な最高周波数

標本化定理の条件 $f_s > 2B$ は、「ナイキスト周波数 $f_N = f_s/2$ が信号の最高周波数 $B$ を上回ること」と同値である。

2. フーリエ解析による証明の概略

標本化定理の証明の核心は、時間領域でのサンプリングが周波数領域でのスペクトルの周期的繰り返しに対応するという事実である。

2.1 ディラックのデルタ関数の性質

証明にはディラックのデルタ関数 $\delta(t)$ の以下の性質を用いる。

性質 1(シフティング性). 任意の連続関数 $f(t)$ に対して、

$$f(t)\,\delta(t - t_0) = f(t_0)\,\delta(t - t_0)$$

直感的には、$\delta(t - t_0)$ が $t = t_0$ 以外でゼロなので $f(t)$ の値は $t = t_0$ での値 $f(t_0)$ に置き換えてよい、と読める($\delta$ は通常の関数ではなく超関数(分布)なので、厳密にはこの等式は「任意の試験関数と積分したとき両辺が一致する」という意味である)。 両辺を積分すると、デルタ関数が被積分関数から $t = t_0$ での値だけを抽出する:

$$\int_{-\infty}^{\infty} f(t)\,\delta(t - t_0)\,dt = f(t_0)$$

性質 2(デルタ関数のフーリエ変換). ここではフーリエ変換を通常周波数 $f$ [Hz] で定義する:$\displaystyle F(f) = \int_{-\infty}^{\infty} g(t)\,e^{-j2\pi ft}\,dt$。このとき

$$\mathcal{F}[\delta(t - t_0)] = \int_{-\infty}^{\infty} \delta(t - t_0)\,e^{-j2\pi ft}\,dt = e^{-j2\pi f t_0}$$

特に $t_0 = 0$ のとき $\mathcal{F}[\delta(t)] = 1$(すべての周波数で一定のスペクトル振幅を持つ)。$\delta$ は有限エネルギーの信号ではないので、ここで「エネルギー」とは言わない。

性質 3(くし型関数のフーリエ変換). 周期 $T$ のディラックコム(くし型関数)のフーリエ変換は、周期 $f_s = 1/T$ のディラックコムである:

$$\mathcal{F}\!\left[\sum_{n=-\infty}^{\infty} \delta(t - nT)\right] = f_s \sum_{k=-\infty}^{\infty} \delta(f - k f_s)$$

性質 3 の導出

くし型関数 $\delta_T(t) = \displaystyle\sum_{n=-\infty}^{\infty} \delta(t - nT)$ は周期 $T$ の周期関数であるから、フーリエ級数に展開できる:

$$\delta_T(t) = \sum_{n=-\infty}^{\infty} C_n \, e^{j 2\pi n f_s t}$$

フーリエ係数 $C_n$ を求める。$-T/2 \leq t \leq T/2$ の区間では $\delta_T(t) = \delta(t)$ であるから

$$C_n = \dfrac{1}{T}\int_{-T/2}^{T/2} \delta_T(t)\, e^{-j2\pi n f_s t}\, dt = \dfrac{1}{T}\int_{-T/2}^{T/2} \delta(t)\, e^{-j2\pi n f_s t}\, dt$$

性質 1(シフティング性)により $\displaystyle\int \delta(t)\, g(t)\, dt = g(0)$ であるから

$$C_n = \dfrac{1}{T}\, e^{-j2\pi n f_s \cdot 0} = \dfrac{1}{T}$$

すなわち全ての $n$ について $C_n = 1/T$ である。したがって

$$\delta_T(t) = \dfrac{1}{T}\sum_{n=-\infty}^{\infty} e^{j 2\pi n f_s t}$$

各項のフーリエ変換は $\mathcal{F}[e^{j2\pi f_0 t}] = \delta(f - f_0)$ であるから

$$\mathcal{F}[\delta_T(t)] = \dfrac{1}{T}\sum_{n=-\infty}^{\infty} \delta(f - n f_s) = f_s \sum_{n=-\infty}^{\infty} \delta(f - n f_s) \qquad \square$$

2.2 サンプリングの数学的表現

フーリエ解析で扱いやすくするため、標本化をインパルス標本化として理想化する。 すなわち、連続信号 $f(t)$ を間隔 $T = 1/f_s$ で標本化することを、$f(t)$ にくし型関数を乗じた分布として表す。 これはあくまで数学モデルであり、実際の ADC が出す離散列や 0 次ホールド出力とは別のものである。 性質 1 を各項に適用すると:

$$f_\delta(t) = f(t) \cdot \sum_{n=-\infty}^{\infty} \delta(t - nT) = \sum_{n=-\infty}^{\infty} f(nT)\, \delta(t - nT)$$

添字は $\delta$(デルタ列を掛けた信号の意味)とする。サンプリング周波数を $f_s$ と書いているので、 サンプリング後の信号を $f_s(t)$ と書くと記号が衝突するためである。

第二の等号では、$f(t)\,\delta(t - nT) = f(nT)\,\delta(t - nT)$(性質 1)を用いた。 すなわち、サンプリングされた信号 $f_\delta(t)$ は、各サンプル点 $t = nT$ に強度 $f(nT)$ のデルタ関数が立ち並ぶ信号である。

2.3 周波数領域での効果

$f_\delta(t)$ のフーリエ変換を求める。通常周波数 $f$ のフーリエ変換では、時間領域での乗算は周波数領域での畳み込みにそのまま対応する($\mathcal{F}[g \cdot h] = G * H$)。したがって

$$F_\delta(f) = F(f) * \left[f_s \sum_{k=-\infty}^{\infty} \delta(f - k f_s)\right]$$

ここで性質 3 を用いた。デルタ関数との畳み込みはシフト(性質 1 の積分版)であるから:

$$F_\delta(f) = f_s \sum_{k=-\infty}^{\infty} F(f - k f_s)$$

すなわち、元のスペクトル $F(f)$ が $f_s$ 間隔で無限に繰り返される

f |F(f)| 元のスペクトル 0 −B B fₛ −fₛ 隙間あり 図1: サンプリングによるスペクトルの周期的繰り返し
図1: 帯域制限信号を $f_s > 2B$ でサンプリングすると、周波数領域でスペクトルが $f_s$ 間隔で繰り返される。

2.4 復元の原理

$f_s > 2B$ が成り立つとき、繰り返されるスペクトルのコピーは互いに重ならない。 したがって、$B < f_c < f_s - B$ を満たすカットオフ周波数 $f_c$(たとえば $f_c = f_s/2$)を持つ 理想低域通過フィルタを適用すれば、$k = 0$ の項だけを取り出せる。 ただし取り出せるのは $F(f)$ そのものではなく $f_s F(f)$ である(上式の係数 $f_s$)。 元の $F(f)$ に戻すには、通過帯域利得を $T = 1/f_s$ にしておく必要がある。 これが標本化定理の本質である(利得の扱いは 3.1 節の Step 2 で確かめる)。

3. 再構成公式(sinc 補間)

上記の「理想低域通過フィルタの適用」を時間領域で書き下すと、以下のWhittaker–Shannon の補間公式が得られる:

再構成公式.

$$f(t) = \sum_{n=-\infty}^{\infty} f(nT)\, \operatorname{sinc}\!\left(\dfrac{t - nT}{T}\right)$$

ここで $T = 1/f_s$ はサンプリング間隔、$\operatorname{sinc}(x) = \dfrac{\sin(\pi x)}{\pi x}$($x \neq 0$)を $\operatorname{sinc}(0) = 1$ で連続に延長したものが正規化 sinc 関数である。

この公式は、各サンプル点 $f(nT)$ を重みとして sinc 関数を重ね合わせることで、サンプル間の値を補間するものである。 sinc 関数は理想低域通過フィルタのインパルス応答に対応しており、$\operatorname{sinc}(0) = 1$、$\operatorname{sinc}(n) = 0$($n \neq 0$ の整数)という性質を持つ。 したがって $t = mT$ におけるこの級数の値は $n = m$ の項だけが $f(mT) \cdot 1$ を与え、他の項はすべてゼロとなるため、サンプル点では元の値が正確に再現される。

sinc補間の図
図3: sinc 補間による信号の再構成。各サンプル点 $t = nT$ に高さ $f(nT)$ の sinc 関数(細い色付き曲線)が配置され、それらの総和(太い青線)が元の連続信号を再現する。

3.1 再構成公式の導出

導出

Step 1: サンプリングされた信号のスペクトル.

第 2 節で示したように、サンプリングされた信号のスペクトルは

$$F_\delta(f) = f_s \sum_{k=-\infty}^{\infty} F(f - k f_s)$$

$f_s > 2B$ のとき、$|f| < f_s/2$ の範囲では $k = 0$ の項のみが寄与するから

$$F_\delta(f) = f_s \, F(f) \qquad (|f| < f_s/2)$$

Step 2: 理想低域通過フィルタで復元.

カットオフ周波数 $f_s/2$、利得 $T = 1/f_s$ の理想低域通過フィルタ $H(f)$ を適用する。 利得を $T$ とするのは、Step 1 で $F_\delta(f) = f_s F(f)$ と $f_s$ 倍されているため、$1/f_s = T$ を乗じて元のスペクトル $F(f)$ に戻す必要があるからである。

$$H(f) = \begin{cases} T & (|f| \leq f_s/2) \\ 0 & (|f| > f_s/2) \end{cases}$$

復元されたスペクトルを $\hat{F}(f)$ と書くと

$$\hat{F}(f) = H(f) \cdot F_\delta(f) = T \cdot f_s \, F(f) = F(f) \qquad (|f| < f_s/2)$$

$|f| > B$ では $F(f) = 0$ であり、$f_s/2 > B$ だから、$\hat{F}$ は全周波数で $F$ に一致する。

Step 3: 時間領域に変換.

$H(f) \cdot F_\delta(f)$ を逆フーリエ変換する。時間領域では積 → 畳み込みとなる:

$$f(t) = h(t) * f_\delta(t)$$

$H(f)$ の逆フーリエ変換(理想 LPF のインパルス応答)を求める:

\begin{align} h(t) &= \int_{-f_s/2}^{f_s/2} T \, e^{j2\pi ft}\,df \\ &= T \left[\dfrac{e^{j2\pi ft}}{j2\pi t}\right]_{-f_s/2}^{f_s/2} \\ &= \dfrac{T}{j2\pi t}\left(e^{j\pi f_s t} - e^{-j\pi f_s t}\right) \end{align}

オイラーの公式 $e^{j\theta} - e^{-j\theta} = 2j\sin\theta$ を適用すると

\begin{align} h(t) &= \dfrac{T}{j2\pi t} \cdot 2j\sin(\pi f_s t) \\ &= T \cdot \dfrac{\sin(\pi f_s t)}{\pi t} \end{align}

$f_s = 1/T$ を代入して整理すると

$$h(t) = \dfrac{\sin(\pi t/T)}{\pi t/T} = \operatorname{sinc}\!\left(\dfrac{t}{T}\right)$$

$f_\delta(t) = \sum_n f(nT)\,\delta(t - nT)$ との畳み込みを計算する。畳み込みの定義と性質 1 より

\begin{align} f(t) &= h(t) * f_\delta(t) = \int_{-\infty}^{\infty} h(t - \tau)\, f_\delta(\tau)\, d\tau \\ &= \int_{-\infty}^{\infty} h(t - \tau) \sum_{n=-\infty}^{\infty} f(nT)\,\delta(\tau - nT)\, d\tau \\ &= \sum_{n=-\infty}^{\infty} f(nT) \underbrace{\int_{-\infty}^{\infty} h(t - \tau)\,\delta(\tau - nT)\, d\tau}_{= h(t - nT)} \\ &= \sum_{n=-\infty}^{\infty} f(nT)\, \operatorname{sinc}\!\left(\dfrac{t - nT}{T}\right) \qquad \square \end{align}

3.2 収束の条件

sinc 級数が元の信号を再現するには帯域制限が本質的である。 帯域制限のない連続関数は、標本値が二乗総和可能であってもこの級数では再現できない。 上の級数が信号 $f$ に各点収束するためには、$f$ が帯域制限されており (信号と紛らわしいので、ここでは周波数変数を $\xi$ と書く。$|\xi| > B$ で $F(\xi) = 0$)、 かつ $f \in L^2(\mathbb{R})$ であれば十分である($L^2$ 収束はプランシュレルの定理から保証される)。 この仮定のもとでは $f$ は自動的に連続で $\sum_n |f(nT)|^2 < \infty$ となり、級数は一様収束する。

4. エイリアシング(折り返し雑音)

$f_s < 2B$ の場合、すなわちサンプリング周波数が足りない場合、 周波数領域で繰り返されるスペクトルのコピーが互いに重なり合う。これがエイリアシング(aliasing, 折り返し雑音)である。 臨界の $f_s = 2B$ はコピーが端点で接するだけなので、ここでいう重なりとは分けて考える (1 節の注を参照)。

図2: エイリアシング(fs < 2B の場合) f 0 B B fs fs 重なり(エイリアシング) 重なり(エイリアシング) fs < 2B: コピー同士が重なり、元のスペクトルを分離できない
図2: $f_s < 2B$ の場合のエイリアシング。隣接するスペクトルコピーが重なり合い(斜線部)、ナイキスト周波数を越える周波数成分がナイキスト周波数の下側に反転して折り返される。この歪みは後処理で除去できない。

エイリアシングが発生すると、ナイキスト周波数 $f_s/2$ を超える周波数成分が、$f_s/2$ 以下の偽の低周波成分として現れる。 具体的には、周波数 $f_0$ の信号成分は、$|f_0 - k f_s|$ が $[0,\, f_s/2]$ に入るような整数 $k$ を選んだ、その周波数の成分として観測される。向きまで扱う場合は、符号を付けたまま $f_0 - k f_s$ を $(-f_s/2,\, f_s/2]$ に折り返す(4.1 節)。

4.1 エイリアシングの直感的な例

映像の例: 映画やテレビでヘリコプターのローター(回転翼)や自動車のホイールがゆっくり逆回転しているように見える現象は、時間方向のエイリアシングの典型例である。 カメラのフレームレート(サンプリング周波数)が、羽根の模様が作る時間周波数(回転数 × 羽根の枚数)に対して足りないため、 見かけの周波数がナイキスト周波数の下側に折り返される。折り返した値の符号によって、 ゆっくりした逆回転に見えることも、ゆっくりした順回転に見えることもある。

蛍光灯と扇風機の例: 蛍光灯は交流電源の周波数に応じて毎秒 100 回(東日本 50 Hz)または 120 回(西日本 60 Hz)明滅している。 この明滅が一種のストロボ(時間方向のサンプリング)として作用するため、扇風機の羽根の回転数が明滅周波数に近いと、羽根がゆっくり回転したり、逆回転して見えたりする。 見かけのパターン周波数は、符号を付けて $f_p - k f_s$ を $(-f_s/2,\, f_s/2]$ に折り返した値になり、 負なら逆回転に見える。 例えば 3 枚羽根の扇風機が毎秒 27 回転(1620 rpm)しているとすると、羽根のパターンの周波数は $f_p = 27 \times 3 = 81$ Hz である。 東日本の蛍光灯(100 Hz サンプリング)では $81 - 100 = -19$ Hz となる。これは羽根パターンの周波数なので、 羽根の枚数で割ると、扇風機は毎秒 $19/3 \approx 6.3$ 回転の逆回転に見えることになる。 もし回転数を上げて毎秒 35 回転($f_p = 35 \times 3 = 105$ Hz)にすると $105 - 100 = +5$ Hz となり、 今度は毎秒 $5/3 \approx 1.7$ 回転のゆっくりした順回転に見える。 LED 照明では明滅がないか非常に高速であるため、この現象は起きにくい。

5. 実用上の考慮事項

5.1 アンチエイリアシングフィルタ

現実の信号は厳密には帯域制限されていないことが多い。そこで、サンプリングの前段にアンチエイリアシングフィルタ (anti-aliasing filter)と呼ばれるアナログ低域通過フィルタを挿入し、ナイキスト周波数以上の成分を除去する。 これにより、ADC(アナログ-デジタル変換器)への入力信号が帯域制限条件を満たすようになる。

理想的には矩形特性のフィルタが望ましいが、実現不可能であるため、Butterworth フィルタや Chebyshev フィルタなどの近似的な低域通過フィルタが用いられる。 フィルタの遷移帯域(通過帯域端からナイキスト周波数までの帯域)が必要であるため、$f_s$ は $2B$ よりやや大きく設定される。

音の例(聴き比べ): 次の音源は、チャイコフスキー「くるみ割り人形」行進曲の冒頭を、 ノコギリ波の加算合成(各倍音 $k$ の振幅が $1/k$ の正弦波の和)で鳴らしたものである。両者は同じサンプリング周波数 $f_s = 8\text{ kHz}$(ナイキスト周波数 $4\text{ kHz}$)だが、生成方法が異なる。 右はナイキスト周波数未満の倍音だけで合成した帯域制限版(アンチエイリアシングフィルタを通した状態に相当)、 左は帯域制限せず高次倍音まで含めたため、$4\text{ kHz}$ を超える倍音 $k f_0$($f_0$ は基本周波数)が、 適切な整数 $m$ に対する $|k f_0 - m f_s|$ の位置へ折り返し、曲の和声を破壊する濁った音になってしまった。

帯域制限なし(エイリアスあり)
高次倍音が折り返して濁る

帯域制限あり(エイリアスなし)
ナイキスト未満の倍音のみ

音の例: 同じ $f_s = 8\text{ kHz}$ での合成。左(帯域制限なし)は $4\text{ kHz}$ を超える倍音が可聴域内へ折り返すため濁って聞こえる。右(帯域制限あり)は高音がやや丸いが終始クリーン。

5.2 オーバーサンプリング

オーバーサンプリング(oversampling)とは、ナイキストレートよりも十分に高いサンプリング周波数を用いることである。 オーバーサンプリングには以下の利点がある:

  • アンチエイリアシングフィルタの設計が容易になる(遷移帯域を広く取れる)
  • 量子化誤差を白色雑音とみなす一般的なモデルのもとで、量子化雑音が広い帯域に分散し、帯域内の SN 比が向上する
  • ノイズシェーピング($\Sigma\Delta$ 変調)との組み合わせで高い有効分解能を実現できる

例えば、オーディオ用の $\Sigma\Delta$ ADC は 64 倍や 128 倍のオーバーサンプリングを行い、 1 ビットあるいは数ビットの内部量子化器でも、ノイズシェーピングと組み合わせることで 高い帯域内 S/N 比と有効分解能を得ている。

なお、出力語長が 24 ビットであることと、実際の有効ビット数(ENOB)が 24 ビットあることは別である。 現実のオーディオ ADC で真に 24 ビットの ENOB を達成するのは極めて難しい。

5.3 再構成の実際

理論上の再構成公式(sinc 補間)は無限長の sinc 関数を要するため、実用上はそのまま使うことができない。 DAC(デジタル-アナログ変換器)の出力では、0 次ホールド(ステップ状出力)に続いて再構成フィルタ(アナログ低域通過フィルタ)を適用するのが一般的である。 また、デジタル領域では、有限長 FIR フィルタ・窓付き sinc 補間・polyphase フィルタなどによって 理想の sinc 補間を近似するのが標準的である。用途によっては多項式補間やスプライン補間も使われる(画像のリサンプリングなど)。

6. 応用例

6.1 デジタルオーディオ(CD: 44.1 kHz)

人間の可聴域は約 20 Hz – 20 kHz である。標本化定理の目安はその 2 倍の 40 kHz だが、20 kHz の成分まで含めて完全復元を保証するには、本記事が置いた条件 $f_s > 2B$ により 40 kHz を超える必要がある。 CD のサンプリングレート 44.1 kHz が選ばれた直接の理由は、初期の PCM デジタル録音をビデオテープレコーダーに記録する方式との互換性という歴史的経緯である。 NTSC では有効走査線 245 本/フィールド × 3 サンプル/本 × 60 フィールド/秒 = 44,100、 PAL では 294 本/フィールド × 3 サンプル/本 × 50 フィールド/秒 = 44,100 となり、どちらの方式でも同じ値になる。 一方で技術的にも、ナイキスト周波数が 22.05 kHz になるため、20 kHz までの可聴域との間に アンチエイリアシングフィルタ・再構成フィルタ用の遷移帯域を確保できるという利点がある。

近年のハイレゾオーディオでは 96 kHz や 192 kHz のサンプリングレートが用いられる。 利点として挙げられるのは、より広い信号帯域を扱えること、アナログ/デジタルフィルタの遷移帯域に余裕を持たせやすいこと、 処理によっては低遅延化しやすいことなどである。 「サンプル間隔が細かいほど時間分解能が上がる」という説明は標本化定理の観点からは正しくない。 $B$ 以下に帯域制限された信号なら、サンプル間の波形も sinc 補間によって連続的に決まっており、 44.1 kHz のサンプル間隔 約 22.7 µs が時間の刻み幅になるわけではない。

6.2 デジタル画像処理

画像を 2 次元の空間信号と見れば、空間周波数についても標本化定理の考え方が適用できる。ただし実際の画像は厳密には帯域制限されておらず、標本化格子の向きやレンズ・センサー配列の影響も受ける。 空間的なサンプリング周波数を決めるのはセンサーの画素ピッチであり、 レンズの光学的な MTF(変調伝達関数)は、センサーに到達する空間周波数成分の強さを左右する。 画素ピッチで決まるナイキスト周波数を超える空間周波数成分は、モアレ(空間的なエイリアシング)として現れる。 ベイヤー配列では色成分ごとに実効的なサンプリング構造が異なるため、実際にはさらに複雑になる。 デジタルカメラでは光学ローパスフィルタ(OLPF)がアンチエイリアシングの役割を果たす。

6.3 ADC(アナログ-デジタル変換器)

ADC の設計では、標本化定理が入力帯域幅とサンプリングクロックの関係を規定する。 逐次比較型(SAR)ADC ではナイキストレート付近での動作が一般的だが、 $\Sigma\Delta$ ADC は大幅なオーバーサンプリングとデシメーション(間引き)を組み合わせることで、 高分解能を実現する。 通信分野では、帯域通過サンプリング(バンドパスサンプリング)により、 信号の最高周波数の 2 倍より低いサンプリング周波数で RF 信号を直接デジタル化できる場合がある。 必要な最低レートは信号の帯域幅と結びつくが、帯域幅だけでは決まらない。 折り返されたスペクトルのコピーが重ならないよう、中心周波数・帯域端と $f_s$ の位置関係にも条件が付く。

7. よくある質問(FAQ)

Q1. 標本化定理(シャノンの定理)とは何か

標本化定理とは、帯域制限信号(最高周波数 $B$ の成分しか持たない信号)をサンプリング周波数 $f_s > 2B$ で標本化すれば、 サンプル列から元の連続信号を完全に復元できるという定理である。 復元には sinc 関数による補間公式を用いる。 この定理はデジタルオーディオ、画像処理、通信工学などアナログ-デジタル変換のあらゆる場面で基礎となる。

Q2. エイリアシングとは何か

エイリアシング(折り返し雑音)とは、$f_s < 2B$ の条件でサンプリングしたときに発生する現象である。 周波数領域でスペクトルのコピーが重なり合い、ナイキスト周波数を超える成分が低い周波数に折り返されて混入する。 一度発生したエイリアシングは後処理では除去できない。 防止策としては、アンチエイリアシングフィルタ(低域通過フィルタ)をサンプリング前に適用するか、十分に高いサンプリング周波数を用いる。

Q3. なぜ CD のサンプリングレートは 44.1 kHz なのか

直接の理由は、初期の PCM デジタル録音をビデオテープレコーダーに記録する方式との互換性という歴史的経緯である。 技術的にも、ナイキスト周波数が 22.05 kHz となり、20 kHz までの可聴域との間にアンチエイリアシングフィルタ用の遷移帯域を確保できる。 詳しくは 6.1 節 を参照。

まとめ

標本化定理の要点を以下にまとめる。

項目内容
前提信号 $f(t)$ が帯域制限されている(周波数変数を $\xi$ と書くと、$|\xi| > B$ でフーリエ変換 $F(\xi) = 0$)
定理$f_s > 2B$ ならば、サンプル値 $\{f(nT)\}_{n \in \mathbb{Z}}$ から $f(t)$ を完全に復元できる($T = 1/f_s$)
ナイキストレート$2B$(臨界サンプリング周波数)。有限エネルギーの帯域制限信号なら $f_s = 2B$ でも復元できるが、$\pm B$ ちょうどに正弦波成分があるとその成分が失われる。これも含めて保証するには $f_s > 2B$ が要る
再構成公式$f(t) = \displaystyle\sum_{n=-\infty}^{\infty} f(nT)\, \operatorname{sinc}\!\left(\frac{t - nT}{T}\right)$(Whittaker–Shannon の補間公式)
エイリアシング$f_s$ が不足すると、周波数領域で複製されたスペクトルが重なり、高域成分が低域に折り返す
実用上の対策アンチエイリアシングフィルタで事前に帯域制限し、遷移帯域の分だけ $f_s$ を $2B$ より大きく取る

押さえておきたい点

  • 不等号を厳密にするのは、$\pm B$ ちょうどに正弦波成分がある場合に備えるためである(有限エネルギーの帯域制限信号だけを相手にするなら $f_s = 2B$ でも復元できる)。$f_s = 2B$ のとき周波数 $B$ の正弦波のサンプル値は $A(-1)^n\cos\phi$ となり、読み取れるのは $A\cos\phi$ という数 1 つだけで、振幅も位相も個別には決まらない。$\phi = \pi/2$ ではすべてのサンプルが $0$ になる。
  • 標本化は、周波数領域ではスペクトルを $f_s$ 間隔で複製する操作にあたる。エイリアシングはこの複製が重なる現象として理解できる。
  • $\operatorname{sinc}$ は理想低域通過フィルタのインパルス応答であり、$\operatorname{sinc}(0) = 1$、整数 $n \neq 0$ で $\operatorname{sinc}(n) = 0$ を満たす。このため標本点では元の値がそのまま再現される。
  • 名称は複数ある。国際的には Nyquist–Shannon の定理、数学の文献では Whittaker–Kotelnikov–Shannon(WKS)の定理と呼ばれ、日本では Shannon–染谷の定理としても知られる。

参考資料

  • C. E. Shannon, "Communication in the Presence of Noise," Proceedings of the IRE, vol. 37, no. 1, pp. 10–21, 1949.
  • 染谷勲, 『波形傳送』, 修教社, 東京, 1949.(高周波科学論叢 第3輯)— 国立国会図書館書誌情報
  • H. Ogawa, "A memorial tribute to Isao Someya, 1915–2007," Sampling Theory in Signal and Image Processing, vol. 7, no. 3, pp. 227–228, 2008.
  • A. V. Oppenheim, R. W. Schafer, Discrete-Time Signal Processing, 3rd ed., Pearson, 2010.(第4章 "Sampling of Continuous-Time Signals")
  • Wikipedia: 標本化定理
  • Wikipedia: Nyquist–Shannon sampling theorem (English)
  • Wikipedia: Aliasing (English)