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ウィーナー=ヒンチンの定理(Wiener-Khinchin Theorem)

自己相関関数とパワースペクトル密度のフーリエ変換対

1. 概要

ウィーナー=ヒンチンの定理(Wiener-Khinchin theorem)は、広義定常過程自己相関関数(autocorrelation function)とパワースペクトル密度(power spectral density, PSD)がフーリエ変換対をなすことを述べる定理である。

この定理は、信号の「時間領域での相関構造」と「周波数領域でのエネルギー分布」を結びつける基本的な橋渡しであり、信号処理、通信工学、統計物理、光学など極めて広い分野で活用されている。

定理の名称は、ノーバート・ウィーナー(1930年)とアレクサンドル・ヒンチン(1934年)がそれぞれ独立に証明したことに由来する。

2. 定理の主張

2.1 準備:広義定常過程

確率過程 $\{X(t)\}$ が広義定常過程(wide-sense stationary process, WSS)であるとは、以下の2条件を満たすことである:

  1. 平均が一定:$E[X(t)] = \mu$($t$ に依存しない)
  2. 自己相関関数が時間差のみに依存:$R_{XX}(t_1, t_2) = R_{XX}(t_2 - t_1)$

ここで自己相関関数は次のように定義される:

$$R(\tau) = E[X(t+\tau)\overline{X(t)}]$$

2.2 定理の主張

定理(ウィーナー=ヒンチン)

広義定常過程 $\{X(t)\}$ の自己相関関数 $R(\tau)$ とパワースペクトル密度 $S(\omega)$ は、フーリエ変換対をなす:

$$\boxed{S(\omega) = \displaystyle\int_{-\infty}^{\infty} R(\tau)\, e^{-i\omega\tau}\, d\tau}$$ $$\boxed{R(\tau) = \dfrac{1}{2\pi}\displaystyle\int_{-\infty}^{\infty} S(\omega)\, e^{i\omega\tau}\, d\omega}$$

ここで $S(\omega) \geq 0$(パワースペクトル密度は非負)であり、$R(\tau)$ が実数値かつ偶関数のとき $S(\omega)$ も実数値偶関数となる。

特に $\tau = 0$ を代入すると、信号の平均パワーとスペクトルの関係が得られる:

$$R(0) = E[|X(t)|^2] = \dfrac{1}{2\pi}\displaystyle\int_{-\infty}^{\infty} S(\omega)\, d\omega$$

これはパーセバルの定理の確率過程版に相当する。

自己相関関数 R(τ) とパワースペクトル密度 S(ω) のフーリエ変換対の関係を示すグラフ。上段に振動的減衰する自己相関関数、下段に対応するローレンツ型ピークを持つパワースペクトル密度を描画。

図1:自己相関関数 $R(\tau)$ とパワースペクトル密度 $S(\omega)$ のフーリエ変換対。$R(\tau) = 2\cos(2\pi f_1 \tau)e^{-|\tau|/2} + \cos(2\pi f_2 \tau)e^{-|\tau|/3}$ に対応するスペクトルは、$f_1, f_2$ にローレンツ型ピークを示す。

3. 証明の概略

証明(広義定常過程に対する導出)

有限区間 $[-T, T]$ に打ち切った信号のフーリエ変換を考える:

$$X_T(\omega) = \displaystyle\int_{-T}^{T} X(t)\, e^{-i\omega t}\, dt$$

ステップ1:$|X_T(\omega)|^2$ の期待値を計算する。

\begin{align} E[|X_T(\omega)|^2] &= E\left[\displaystyle\int_{-T}^{T}\displaystyle\int_{-T}^{T} X(t)\overline{X(s)}\, e^{-i\omega(t-s)}\, dt\, ds\right] \\ &= \displaystyle\int_{-T}^{T}\displaystyle\int_{-T}^{T} E[X(t)\overline{X(s)}]\, e^{-i\omega(t-s)}\, dt\, ds \\ &= \displaystyle\int_{-T}^{T}\displaystyle\int_{-T}^{T} R(t-s)\, e^{-i\omega(t-s)}\, dt\, ds \end{align}

ステップ2:変数変換 $\tau = t - s$ を行う。

$$E[|X_T(\omega)|^2] = \displaystyle\int_{-2T}^{2T} R(\tau)\, e^{-i\omega\tau}\left(2T - |\tau|\right) d\tau$$

ステップ3:両辺を $2T$ で割り、$T \to \infty$ の極限をとる。

$$\lim_{T\to\infty} \dfrac{E[|X_T(\omega)|^2]}{2T} = \displaystyle\int_{-\infty}^{\infty} R(\tau)\, e^{-i\omega\tau}\, d\tau$$

左辺はパワースペクトル密度 $S(\omega)$ の定義そのものである:

$$S(\omega) = \lim_{T\to\infty} \dfrac{E[|X_T(\omega)|^2]}{2T}$$

したがって $S(\omega) = \mathcal{F}\{R(\tau)\}$ が示された。逆変換はフーリエ変換の反転公式から直ちに得られる。$\blacksquare$

時間領域 自己相関関数 周波数領域 パワースペクトル 密度 フーリエ変換 逆フーリエ変換 ウィーナー=ヒンチンの定理 τ=0: 平均パワー = スペクトルの積分
$R(\tau)$ $S(\omega)$

図2:ウィーナー=ヒンチンの定理の概念図。時間領域の自己相関関数 $R(\tau)$ と周波数領域のパワースペクトル密度 $S(\omega)$ はフーリエ変換・逆フーリエ変換で結ばれる。

4. 離散版

離散時間の広義定常過程 $\{X[n]\}$ に対しても、同様の関係が成り立つ。

4.1 離散時間の自己相関関数

$$R[m] = E[X[n+m]\overline{X[n]}]$$

4.2 離散版ウィーナー=ヒンチンの定理

定理(離散版)

離散時間広義定常過程のパワースペクトル密度は、自己相関系列の離散時間フーリエ変換(DTFT)で与えられる:

$$S(e^{j\omega}) = \displaystyle\sum_{m=-\infty}^{\infty} R[m]\, e^{-j\omega m}$$

逆変換は:

$$R[m] = \dfrac{1}{2\pi}\displaystyle\int_{-\pi}^{\pi} S(e^{j\omega})\, e^{j\omega m}\, d\omega$$

ここで $S(e^{j\omega})$ は周期 $2\pi$ の関数であり、$S(e^{j\omega}) \geq 0$ が成り立つ。$m=0$ とおくと:

$$R[0] = E[|X[n]|^2] = \dfrac{1}{2\pi}\displaystyle\int_{-\pi}^{\pi} S(e^{j\omega})\, d\omega$$

が得られる。これは離散信号の平均パワーがスペクトル密度の全帯域積分に等しいことを意味する。

5. ペリオドグラムとの関係

有限長データ $X[0], X[1], \ldots, X[N-1]$ からパワースペクトル密度を推定する素朴な方法がペリオドグラムperiodogram)である。

5.1 定義

$$\hat{S}_N(\omega) = \dfrac{1}{N}\left|\displaystyle\sum_{n=0}^{N-1} X[n]\, e^{-j\omega n}\right|^2$$

5.2 ウィーナー=ヒンチンの定理との関係

ペリオドグラムは、標本自己相関関数の DTFT として表現できる:

$$\hat{S}_N(\omega) = \displaystyle\sum_{m=-(N-1)}^{N-1} \hat{R}[m]\, e^{-j\omega m}$$

ここで $\hat{R}[m] = \dfrac{1}{N}\displaystyle\sum_{n=0}^{N-1-|m|} X[n+|m|]\overline{X[n]}$ はバイアス付き標本自己相関である。

5.3 性質と問題点

  • 不偏性:$E[\hat{S}_N(\omega)]$ は $S(\omega)$ にフェイエール核を畳み込んだものになるため、厳密には不偏ではなく漸近的に不偏($N \to \infty$ で $E[\hat{S}_N(\omega)] \to S(\omega)$)。
  • 非一致性:$N \to \infty$ でも $\text{Var}[\hat{S}_N(\omega)]$ は 0 に収束しない。ペリオドグラムは一致推定量ではない。
  • 改善手法:Bartlett 法(セグメント平均)、Welch 法(重複セグメント+窓関数)、Blackman-Tukey 法(自己相関への窓関数適用)などにより分散を低減できる。

6. 応用

6.1 スペクトル推定

ウィーナー=ヒンチンの定理は、時系列データの周波数分析の理論的基盤である。実データから自己相関関数を推定し、それをフーリエ変換することでスペクトルを得る手法(Blackman-Tukey 法)はこの定理に直接基づいている。AR モデルや ARMA モデルによるパラメトリックスペクトル推定も、自己相関とスペクトルの対応関係を基盤としている。

6.2 信号処理

ウィーナーフィルタはこの定理を前提として設計される。信号とノイズのパワースペクトル密度が既知であるとき、平均二乗誤差を最小にする最適線形フィルタの伝達関数は、周波数領域でスペクトル密度の比として表現される。通信工学においてもマッチドフィルタの設計やSN比の計算に用いられる。

6.3 光学(コヒーレンス)

光学では、光源の時間的コヒーレンスがウィーナー=ヒンチンの定理により記述される。光の電場 $E(t)$ の自己相関関数 $\Gamma(\tau) = \langle E(t+\tau)E^*(t)\rangle$ のフーリエ変換が光源のスペクトル分布 $I(\omega)$ を与える:

$$I(\omega) = \displaystyle\int_{-\infty}^{\infty} \Gamma(\tau)\, e^{-i\omega\tau}\, d\tau$$

フーリエ変換分光法(FTIR)は、マイケルソン干渉計で干渉縞(インターフェログラム)を測定し、そのフーリエ変換からスペクトルを復元する方法であり、まさにウィーナー=ヒンチンの定理の直接的な応用である。

FAQ

Q1. ウィーナー=ヒンチンの定理はどのような信号に適用できるか

広義定常過程(wide-sense stationary process)に対して成り立つ。平均が一定で、自己相関関数が時間差のみに依存する確率過程が対象である。決定論的信号に対しても、自己相関関数が絶対可積分であれば同様の対応が成り立つ(ただし確率的な期待値の代わりに時間平均を用いる)。

Q2. ペリオドグラムとパワースペクトル密度の関係は何か

ペリオドグラムは有限長データからパワースペクトル密度を推定する方法であり、標本自己相関関数の DTFT に等しい。$N \to \infty$ で期待値は真の $S(\omega)$ に収束するが、分散は減少しないため一致推定量ではない。Welch 法や Blackman-Tukey 法などの改善手法が実用上は必要である。

Q3. ウィーナー=ヒンチンの定理は光学ではどう使われるか

光源の時間的コヒーレンスの分析に用いられる。マイケルソン干渉計で測定されるインターフェログラム(干渉縞の強度パターン)は光の電場の自己相関関数に対応し、そのフーリエ変換が光源のスペクトル分布を与える。フーリエ変換分光法(FTIR)はこの原理に直接基づく測定技術である。

参考資料